本と映画と政治の批評
by thessalonike
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『ハウルの動く城』(1) - ストーリーの破綻、中途半端なメッセージ
b0018539_11285237.jpg期待して映画館に見に行った作品が失敗作だったので大いに失望させられた。『いま、会いにゆきます』への評価では、意外にも極端な少数派の立場に身を置いてしまったので、今回もまたかと心配になり、やはりネットの評判を覗き見たのだが、この評が的確で正鵠を射ている。最も大きな問題は(多くが指摘しているとおり)ストーリーの破綻だろう。物語が支離滅裂で全く内在的な理解と納得ができない。観客は感情移入したくてもソフィーにもハウルにも感情移入できない。最後まで苛立たしく感じさせられる。評者たちは二時間では短すぎると言っているが、私には二時間が長すぎて退屈だった。映像美ではこの物語の破綻の欠点はカバーできない。なぜなら観客の多数はアニメの映像を鑑賞堪能するためではなく、それ以上に宮崎駿の描くドラマのメッセージに共感するために劇場に足を運んでいるからだ。私はこの映画が欧米で高い評価を得られるとは思わない。



b0018539_112996.jpgアニメの映像技術だけで欧米の観客の感動を獲得できると思っているのならそれは大きな間違いだ。観客の関心の主は物語と主張にある。たとえ宣伝媒体紙上の字面の評価は買うことができても、料金を払って映画館に訪れた観客の心を掴むことは無理だ。宮崎アニメに対して世界中で最もよく理解を寄せ、高い評価を与えている日本の観客の心を捉えることができないものが、どうして外国の観客を感動させることができるのだろう。映画は常に一回勝負のものである。評者が口を揃えて言うように、この映画のメッセージはきわめて中途半端で、戦争の悲惨さが訴えられているとは言えず、またソフィーとハウルの愛の物語にも説得力が感じられない。まず戦争の話からだが、映画ではこの戦争が誰が何のために行っているのか、どことどこの国が戦争しているのか明示されていない。空襲の絵は頻繁に登場するが(第二次大戦時のB29によるドイツ空襲を連想させる)黒焦げになる犠牲者の姿は描かれない。人は死なない。街が炎と煙を上げるだけだ。

b0018539_1129262.jpg本当に反戦がメッセージされた作品であるならば、登場人物の中の誰かを戦争で殺す設定が必要だっただろう。ソフィーが軍艦からの機銃掃射で撃たれて死ぬか、あるいはマルクルが投下された爆弾に当たって死ぬ悲劇の物語であれば、これは反戦の映画として十分に観客を説得できる映画になる。映画の中では登場人物は誰一人として死ぬことなく、最後までハッピーエンドで終わってしまうのだ。どこにも悲惨な場面はない。まるで戦争というのは人を殺すことではなく街を焼くことだとでも言っているのかと思えるほどに。それからまた、この戦争の終わらせ方も奇妙で、王室の魔法使いの権力者であるサリマン(加藤治子)が「もう止めましょう」と一言言って首相と参謀長を呼んで終わらせている。戦争というものは魔法使いが面白半分に始めて面白半分に終わらせるいい加減なものなのか。確かに戦争は権力の中の一握りの人間が安易に始めるものだという主張や理解はあるのだろうが、この映画の描き方はあまりに粗雑で安直で理解的接近への意欲を挫く。

b0018539_1129428.jpg戦争の描き方が曖昧だから反戦の主張は感じられず届かない。この作品の製作中、イラク戦争が現実に進行していて、世界中の人間がイラクでの悲惨な出来事に心を塞がれて日々を送っていたわけだが、時代認識と文明批評の知性でいっぱしの知識人として認められている宮崎駿は、眼前のイラク戦争を果たしてどのような眼差で見ていたのか。戦争という問題に対して、もう少しインパクトのあるメッセージを提出することはできなかったのか。その必要性は感じなかったのか。ハウルは再三再四サリマン麾下の空軍攻撃部隊と激しい空中戦を演じるのだが、ハウルは一体何と戦っているのか。戦争を憎み、人を殺す殺人兵器である戦闘機を撃滅するために戦っているのか、それとも「心を失った」という人物設定のまま、自分の魔法能力を誇示し証明するために戦っているのか、それとも単にサリマンの復讐と追撃に対するプリエンプティブな正当防衛のアタックなのか。

b0018539_1130231.jpg地上の無辜の市民の生命を守るために正義の戦士として戦っているようには見えない。個人的な事情で発作的衝動的に出撃し消耗している。ハウルの戦闘行動は(映画の)物語の中で正当化合理化されず、観客に向けたソフィーの視線からは、それは何か未熟で無謀な若い自我のエネルギーの暴発のように説明されていて、無理に自分を傷つけている自傷行為だからおやめなさいと母親的に諭している。その傷つき失ったハウルの心をソフィーの愛で癒し慰め、本来の平和的な心を取り戻させようとするのがストーリーの基本線であるように見える。ひとまずそのような仮説的了解像を立てられるのだけれど、その辺りが実際のところは全く滅茶苦茶で、筋立った客観的説明が全然つけられない。整理できない。別の言い方をすれば、ネタバレを試みようにもネタの基本線が不明なのである。説明しようとすると混乱する。像が結べない。つまりこれが破綻だ。アニメ映画で話が説明ができない作品というのはどうだろう。
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by thessalonike | 2004-12-22 23:30 | 『ハウルの動く城』 (8)   INDEX  
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