岩隈久志のオリックス残留拒否の意思表明に対して、それをワガママだと非難する声が上がっている。全く本末転倒した議論だ。北朝鮮に拉致された被害者が、日本に帰ろうとして脱出しようとしているのを、それはお前の自分勝手なワガママ行為で、他の拉致された日本人は諦めて共和国定住を決意したのだから、お前も他の連中と同じように観念して北朝鮮に残れと言っているのと同じである。強制的に球団合併を呑まされた元近鉄バファローズのメンバーにとって、身柄をオリックスにプロテクトされる今回の事態は、まさに拉致そのものではないか。北朝鮮による拉致が国家犯罪であるように、オリックスによる近鉄の合併そのものがプロ野球の理念に背反した不当行為なのであり、渡辺恒雄が策した1リーグ制構想実現へ向けての謀略的な一里塚であったのだ。仙台新球団の参入が認められ、2リーグ12球団制の維持が確定した時点で、オリックスと近鉄の合併は実効的に白紙撤回されるべきであった。
この問題については三木谷浩史と選手会の主張が全面的に正しい。パリーグにおける6球団運営の原状維持が固まった時点で、元近鉄バファローズの選手リソースについては、変動なく、そのまま仙台新球団に引き継がれる決定が機構において為されるべきであった。プロテクトはそもそも5球団制移行を前提にした対処であり、来季も6球団制で運営するのであれば、オリックスがプロテクトを実施発動する意味は全くない。二つのチームを一軍と二軍に分けるのと同じで、戦力均衡の原則に反し、パリーグの野球興行の商品価値を著しく欠損させる不当な営業妨害行為である。プロテクトのリセットこそがあるべき姿であり、さらに言えば、戦力のみならずバファローズのチームブランドも、伝統と共に仙台の地に移植されるのが望ましい。宮内義彦の姑息な陰謀は(渡辺恒雄の謀略と共に)市民の手によって
粉砕されたのであり、すなわち、潔く観念して合併を全面撤回するべきは宮内義彦の方なのだ。
岩隈久志の行動を身勝手だと決めつけるのは、愚かな錯誤であり不当な中傷である。プロテクト以前の原状回復を求める権利は、岩隈久志以外の全ての元近鉄バファローズ選手にある。権利は全ての者にある。その中で、岩隈久志のみが勇気を奮って堂々と声を上げているのだ。声を上げてもオリックスと戦い合える実力を持っている者が岩隈久志一人だけだから、岩隈久志が前面に立ってそれをやっている。他の者は声を上げたくても上げられないのであり、プロ野球選手としての職業と生活を失わないためには、権利を捨てて、オリックスの処分に渋々従わざるを得ないのだ。言わば岩隈久志は、無理やりプロテクト処分されてそれを受け入れざるを得ない元近鉄バファローズの連中の、声にならないオリックスへの抗議を代弁して声を上げているのである。旧ブルーウェイブの選手だって岩隈久志の主張は頷ける道理のものだろう。立場が逆なら谷佳知が声を上げて戦っていたはずだ。
私は阪急ブレーブスへの愛着が強いが、近鉄バファローズも魅力的ないいチームだった。パリーグらしい野球を見せ、ユニフォームからは土と汗の臭いが感じられた。私の世代は西鉄ライオンズを知らない。西鉄ライオンズの後のパリーグを知っている。それはいつも想像の世界のプロ野球だった。パリーグのヒーローたちの技能と活躍は常に想像の世界のものであり、少年漫画雑誌の特集記事とか、新聞のスポーツ面の記事とか、たまに散髪屋の待ち時間に読む週刊ベースボール誌の記事と写真だけで想像を膨らませる豪傑たちの世界だった。仰木彬が采配した80年代後半の近鉄バファローズもドラマティックでよかったが、西本幸雄が指揮したそれ以前の「どうしても日本一になれない」悲壮感漂う近鉄バファローズの姿もよかった。日本シリーズでテレビに出た藤井寺球場というのは、見るに耐えない老朽化した地方球場で、少し風が吹くとマウンド周辺に土埃が舞い上がった。
そのオンボロ球場が、あのメッシュのラグランスリーブのユニフォームとよく似合って、土と汗の香りのする猛牛軍団の野性と迫力を醸し出していて、見るからに泥で汚れるのを嫌う都会っ子野球の巨人の選手たちと好対照の絵を映し出していた。西武ライオンズが所沢球場で新しい伝統を作り始め、南海ホークスがダイエーホークスとなって福岡ドームで生まれ変わり始めた後、少年の頃に夢描いた想像の英雄たちが活躍する世界、パワーとスピードが自由奔放に激突し炸裂するパリーグ野球のよすがは、近鉄バファローズだけが文化として保持しているように見えた。近鉄バファローズの合併消滅に対して最も真摯にわれわれの心情を代弁しているように聴こえたのは、遠く離れたニューヨークからの
松井秀喜の合併反対の声だった。
松井秀喜は若いのに日本プロ野球をよく知っている。よい歴史と伝統は絶対に消してはならない。パリーグの意義を認めず、それを破壊消滅させようとした
宮内義彦は許せない。