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韓国映画『ブラザーフッド』(6) - 暗喩された兄と弟  
b0018539_055404.jpg『ブラザーフッド』についての本格的な批評はまだ目にしたことがない。が、この点についてはすでにどこかで誰かが指摘していると思われるが、二人の兄弟の関係には北と南の関係が暗喩されている。この問題について少し掘り下げて考えてみよう。どちらが北でどちらが南なのか。言うまでもなく兄ジンテが北であり、弟ジンソクが南なのだ。北の人間によって生かされている南の人間。北の犠牲によって繁栄の恵みを与えられている南。その関係性が象徴されている。カン・ジェギュ監督のメッセージがある。弟を生かし、弟が戦場から離れるのを助けるべく、最後に激戦の杜密嶺高地で人民軍側に機関銃を撃ち、そして戦場で屍になる兄ジンテは「北」であり、無事にソウルに戻り、その後の人生を平和に送って家族をなす弟ジンソクは「南」なのだ。



b0018539_0555631.jpg『ブラザーフッド』の中には北朝鮮側の人物が多く登場しない。登場してもほとんど台詞がなく、個性がない。ドラマの中の配役として位置づけられたキャラクラーが存在しない。全て人民軍の制服制帽姿の兵士ばかりである。無言で非情に戦う戦闘員だけで、つまりは戦争ロボットばかりで、人間が一人も出て来ない。この点は実は大いに注目するべき問題で、カン・ジェギュ監督の認識と態度の問題がある。『シュリ』を思い出してみよう。映画『シュリ』で最も熱い感情を持ち、圧倒的な存在感を放って観客に個性を印象づけたのは、あのチェ・ミンシクが演じた北朝鮮特殊8軍団の工作部隊長パク・ムヨンだった。彼の吐く壮絶な民族の一言一句こそが観客を感動させた中身であり、カン・ジェギュ監督が訴えようとしたメッセージだった。覚えているだろうか。

b0018539_0561082.jpg「北では同じ民族同胞が飢えて死んでいるのに、お前らはハンバーガーみたいなもんばかり食って豚みたいに太りやがって」。『シュリ』では人間らしい感情を爆発させるのは北側の人間であり、南の人間の方がむしろ個性がなく、機械のように静かな脇役として動いていた。観客が感情移入するのは秘密工作員であるシュリと工作部隊長であるパク・ムヨンなのである。監督が主張しようとする民族のメッセージは、北側にキャストされた人間の口から発せられていた。それはカン・ジェギュの作品ではないが、『シュリ』の後を襲った『JSA』も同様で、映画の根幹をなすメッセージ、観客が共感する言葉は、北側の配役の口をついて発信されていたのである。北側に配置された人間の方が、個性と感情が豊かで、言葉に熱と迫力があり、台詞が立体的で説得力があった。

b0018539_0573784.jpg『ブラザーフッド』ではそれが消えた。北側の配役に観客が感情移入できる存在がない。朝鮮戦争が金日成による一方的な侵略戦争であったとしても、あれだけの戦争は単なる独裁者の侵略欲だけで遂行できるものではない。被抑圧民族であった朝鮮民衆の共産主義の理想への共鳴という契機、そして金日成の抗日伝説への朝鮮民衆の支持と信仰という思想的基盤がなければ、一年間にも亙って何十万もの兵員を動員できるものではないだろう。当時の時代状況を冷徹に考えれば、単に軍事力だけでなく民衆の支持という点でも北と南はほぼ拮抗していたはずであり、従ってそういう時代背景を考えれば、映画の中で北側に観客が感情移入できる人格を配役する方が、むしろ現代史を客観的に正確に捉え描いたことになったのではないかとさえ思われる。

b0018539_102347.jpgけれどもカン・ジェギュはその方法を敢えて選ばず、北は単なる侵略軍であり、北の兵士は全員ロボットとして描いていた。ここには重要な意味がある。それは何かと言うと、すなわち北朝鮮に対する幻滅であり、太陽政策に対する失望に他ならない。『シュリ』と『ブラザーフッド』の間にはあの歴史的な南北首脳会談がある。韓国は国を挙げて太陽政策を推進し、ようやく南北首脳会談に漕ぎつけて、和解と統一に期待を繋げていた。しかしそれは北朝鮮によって無残に裏切られ、金正日は政権延命のために逆に核の軍事的緊張を演出して国際政治に存在を示威するようになる。この北の政治的マヌーバーに対する韓国民の失意と反動は大きかったに違いない。あれだけ必死に南北首脳会談まで導いたのに、その代償は核の脅迫であり、太陽政策は裏切られた。

b0018539_0575332.jpgだから北朝鮮に対する描き方が慎重になったのだ。あまり過剰な期待や理解を籠めない描写と表現に努めているのである。もしあの南北首脳会談に続いて、翌年に金正日がソウルを訪問して統一の気運が高まる方向へ事態が進んでいれば、作品『ブラザーフッド』の中にも、一人か二人は観客が感情移入し得る北の配役が登場していたかも知れない。完成された『ブラザーフッド』では北は侵略者でしかなく、内在的理解や共感の余地をカン・ジェギュは与えなかった。けれども、それでも、大きく引いたところから全体を見れば、つまり映画の紙背を見れば、カン・ジェギュが描いた兄弟とはまさに北と南なのだ。韓国は今や先進国だが、北朝鮮では飢餓の中で人が死んでいる。韓国の繁栄の影には、民族の統一を願いながら不遇に死んでいる多くの北の民衆がいる。

兄弟の絆がどこまでも普遍的で壊れない壊されない固い固いものであるように、北と南の民族の絆も永久に不滅のものであり、それはいつか必ず一つに結ばれる。北と南はジンテとジンソクなのだ。カン・ジェギュはそう訴えているのである。

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by thessalonike | 2004-09-01 23:30 | 『ブラザーフッド』 (6)   INDEX  
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