本と映画と政治の批評
by thessalonike
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村上春樹『アフターダーク』 (3) - その意図と隠喩    
b0018539_2155020.jpg『アフターダーク』の物足りなさについて言い出せばキリがないが、ひとまず登場人物の内面性の欠如と男女のセックス場面の不在について挙げた。いかにも村上春樹らしい作品であるようで、実は村上春樹らしくない。拍子を外された感覚は否めない。『アフターダーク』で感じるのは不足だけではない。不足感と同時に過剰感がある。過剰感の根拠は例えば姉エリの睡眠の描写で、あまりにページのスペースを取りすぎている印象がある。二つの場面や話をスイッチバックさせて章を交互にクロスさせつつ全体の物語を進行させ、最後に二つを一つに融合するのは村上春樹のスタンダードな手法だが、今回のエリの場合は話が空(から)で、寝ている場面の描写だけであり、スイッチバック進行のバランスがよくない。二つの話の展開の均衡がとれないのである。



b0018539_21551324.jpg部屋で昏睡するエリの描写の紙幅があれば、もっと物語全体に膨らみを持たせることはいくらでもできたのではないか。高橋の過去についても、生い立ちのエピソードをさらに二つ三つ挿入して、エリやマリの運命とトリッキーに接合させてゆくマジックを演出することはできただろう。またエリとマリの姉妹の過去についても、最後の方で登場するエレベーターの逸話だけでなく、二人の両親の過去の秘密に遡らせるなどの方向に展開して、よりミステリアスでスリリングな想像の世界へ読者を導くことが可能であったように思われる。そのようなことを素人ながら考えるのだが、村上春樹は今回はあくまで禁欲的な方法態度を貫徹させていて、人物像を拡大したり、掘り下げたりすることはやめている。恰も空手の寸止めを見るように、表面のところで筆を止めているのだ。

b0018539_21552484.jpgこれはいったい何だろうと私はずっと考えているのだが、それと関係するのかどうか、今回の小説においては、場面設定に使う材料がどれも安価で粗悪でイージーなものばかりが揃えられている。極端に言えばプロレタリア的な小道具ばかりが選ばれて使用されているのだ。具体的に列挙しよう。デニーズ、すかいらーく、セブンイレブン、そして安いラブホテル。新宿歌舞伎町周辺にあるそれらの空間を想像するだけで、何ともチープで、大都会の汚れた土埃と生ゴミの臭いが漂う不潔な空気に包まれているようで、うら寂しく心苦しい気分になってくる。これらはどちらかと言えば、村上春樹の世界の対極にある筈のものなのだ。村上春樹の小説に用いられるアイテムは、基本的にはどれもセンスがよくて上質で、作家本人のセンスのよさを証明するものばかりだった。

b0018539_22121548.jpg『羊をめぐる冒険』ではあの耳の女と高級なフランス料理の店で食事をしていた。『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭では主人公がスパゲティを茹でていた。『海辺のカフカ』では大島が主人公の少年にサンドイッチと紅茶を出していた。どれも村上春樹らしい小道具の演出であり、読者を歓ばせるものだった。デニーズのチキンサラダでは、どう考えても嬉しい気分になれない。そして村上作品と言えば、何と言っても登場人物周辺の清潔感が特徴だったではないか。記憶の新しいところでは、『海辺のカフカ』の大島のビシッとアイロンが掛かったポロシャツとパンツ。ひたすら清潔なのだ。上質で華麗であるだけでなくこの上なく清潔だから、読者は村上春樹の世界が好きなのだ。不潔を嫌う神経質なほどの清潔好きな感性があるから、読者は村上春樹の世界が心地よいのだ。

b0018539_221233100.jpgところが今回は、それを言わば真っ向から否定している。マリと高橋が二人で会話する(歌舞伎町の)公園のブランコも不潔な場所だ。デニーズやすかいらーくに清潔感や高級感を感じる人間はいないだろう。マニュアルでセットされサービスされた低コストのコンフォタビリティであり、ファミレスのジャンク・フードである。『アフターダーク』を読んだからと言って、デニーズのチキンサラダを食ってみようと思い立つ人間がいるだろうか。私は、実はここにこそ村上春樹の今回の作品の意図と作為があるのではないかと思っている。今作の実験は、ある意味でこれまでの作風や方法の否定なのだが、今回は敢えて思いっきり低コストな場面設計と材料配置を企図したに違いないのだ。短い時間、狭い空間、安い食事、年若い登場人物。それで一話完結させてみる小説手法。

b0018539_21555326.jpgつまりこれは何かと言うと、象徴され隠喩されているのはきっと現在の日本だ。現在の日本社会だ。村上春樹は常に日本の現在の情景を描く。嘘をつかずに真実を描き出す。誰よりも村上春樹が描く日本が現代の日本の真実を表現している。それじゃないのか。要するにデフレとリストラの波状攻撃で廃墟と化した日本の経済的現実が映し出されているのであり、われわれ読者のリアリティは安価で粗悪で夢のない生活環境の中にあるのだ。もはや「鴨のパテ」と「鯛のテリーヌ」の材料演出では時代の現実感を出せないのだ。バブルの時代は太古の神話となり、日本の中産層は没落崩壊して、プロレタリア化したマス大衆の日本人の生活周辺に実在するのはファミレスとコンビニなのだ。村上春樹の今回の小説の作為と実験はそれではないのか。私はそう考えている。

そして、だからこそ村上春樹は素晴らしいと思う。
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by thessalonike | 2004-09-29 23:30 | 『アフターダーク』 (8)   INDEX  
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