本と映画と政治の批評
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憲法は革命の瞬間に生まれる - 改憲の現実性は有事下のみ
b0018539_11392064.jpg国会では衆参両院の憲法調査会が遂に最終報告書を提出して、憲法改正をめぐる情勢は国民投票法案の動きが次の焦点になりつつある。憲法改正のXデーに向けて着々と外堀が埋められている状況だが、実態を見ると現実の改正はそれほど簡単でもないことが分かる。衆院の最終報告書でも、新憲法の具体的な像は明示されていない。注目された自民党の新憲法草案委員会の作業も、4月に提出した「要綱」では、漸く「自衛軍の保持」を明記したものの、集団的自衛権や天皇元首化をめぐって党内で意見が分かれ、結局、新憲法草案の条文化は先送りされる結果となった。民主党は連休後に「憲法提言」を纏める予定で、条文で自衛隊の存在と任務を明記する方針らしいが、条文化された新憲法草案は提出されない。選挙に向けた保守層向けのパフォーマンスの政治的意味が強く、民主党の憲法改正論には政治的責任感や理論的一貫性が感じられない。世論の多数は9条改正に反対であり、民主党がその世論を簡単に無視できる状況だとは思えない。



b0018539_11382923.jpg最近になって気づいたことだが、憲法というのは、本質的に、平時に手続きを踏んで変えるのは不可能なものである。新憲法が社会に齎されるのは、戦争や革命のような大きな変動が社会を襲った転換期においてのみであり、そして新憲法を起草するのは常に革命家の仕事である。憲法は平時に民意の多数が制度的に集約されて合法的に制定されるものではない。体制が変わるときに憲法が変わる。新憲法と旧憲法の間には飛躍と断絶があり、それは、後で新憲法の正統性をめぐって論議され続ける性格のものとなる。国家の非常事態のみが憲法改正の前提条件である。日本国憲法について言えば、それが改正される現実的可能性は、北朝鮮との戦争が勃発して、国内が戦時下に入ったそのときであろう。その瞬間、自民党と民主党は間髪を置かず超党派で9条改正を発議、戦時下の国民投票で一気に9条改正を実現する。前文やその他の条文は後回しにして、国民に考える余裕を与えず、9条改正だけを狙い、戦争遂行に支障のない国家体制に変える。

b0018539_11384490.jpg憲法は革命家が起草する。そして憲法は、まさに法律学の素人が、自らの理想を条文にして刻み込むのだ。近代市民社会の基本原理を確立したと言われるフランス人権宣言は、バスティーユ牢獄襲撃から間もない1789年の8月に軍人のラファイエットによって起草された。32歳。そのフランス人権宣言に強く影響を与えたアメリカ合衆国の独立宣言は、英国との独立戦争下にあった1776年7月4日に、ジェファーソンによって起草され発表されたものである。33歳。ラファイエットもジェファーソンも革命家であった。ふり返ってみれば、わが国の歴史でも、大日本帝国憲法を起草した伊藤博文は松下村塾門下の明治維新の革命家である。維新のとき27歳、憲法発布のとき48歳。本来的に憲法には革命の息吹が伝わるのであり、そういう憲法こそが本物の憲法であると言える。われわれの日本国憲法において、そうした革命の息吹や情熱が最もよく伝わってくるのは、憲法24条の男女平等の宣言とベアテ・シロタの感動的な物語だろう。

b0018539_11385768.jpgシロタがGHQの新憲法草案作成に関わることがなければ、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」するという24条が憲法に明記されることはなかった。シロタは当時22歳。GHQ民政局に働く若い通訳で、法律の知識を持っていたわけではなく、人権条項の草案作成のエキスパートとして来日したわけでもない。シロタをチームのスタッフとして抜擢し、この条文を承認通過させたケーディスの理想主義に胸を打たれる。シロタの目には、結婚の自由も財産権もなく殆ど家内奴隷同然の地位と境遇にあった当時の日本の女性の姿があり、どうしても新憲法に男女の平等と婚姻の自由を書き入れなければならないというひたむきな使命感があった。シロタとケーディスとマッカーサーのドラマ。このドラマにこそ日本国憲法の革命性があり、憲法はまさに革命の瞬間に革命的に誕生するものだという歴史の真実が示されている。シロタのような若い素人が書くのが憲法なのであり、それはまさに旧体制の原理的否定の文言化に他ならない。

b0018539_11391058.jpg革命は無名の若者を憲法の起草者として歴史に名前を刻む。それが革命であり、憲法の本質である。革命で生まれた憲法は革命によってしか変えることはできず、革命家が書いた憲法は革命家によってしか書き変えることができない。この憲法24条を、誰かが、例えば自民党の老齢の保守政治家が改正する図を想像するのは困難である。憲法は確かに国会の三分の二と国民投票の過半数で改正が可能な条件を自ら提示している。だが、それは憲法の本意ではなく、突き詰めて言えば形式上の体裁に過ぎない。憲法は憲法を遵守することを政府と国民に求めているのであり、したがって政権側から憲法改正が発議されることは本来あり得ない想定であり、また国民が改憲派議員を三分の二も国会に選出する事態も憲法は予想していない。平時が続くかぎり憲法はそのまま存続するのであり、すなわち解釈改憲のみが進行するのであり、明文改憲は有事の時のみに現実のものとなる。政治学的な観点からの憲法改正の真実はそういうものだろう。
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by thessalonike | 2005-05-02 23:30 | 憲法 ・ 改憲 ・ 平和 (7)   INDEX  
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