本と映画と政治の批評
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改憲阻止を世界の世論に - 人類史の到達点としての平和憲法
b0018539_17171877.jpg憲法について最近思うことは二つあり、その一つは憲法とは革命の瞬間に誕生するものであり、憲法を起草するのは常に革命家であるという歴史的真実の直観だが、もう一つは平和憲法の人類史的意義についての確信である。憲法は確かに国民にとって重要な問題であるだろうが、世界中でわが国ほど人々が年中憲法問題を唾を飛ばし合って議論している国は無いのではないか。憲法論議をタブー視するなという主張は、右翼が国民の護憲意識を切り崩して改憲論を受容させる上で有効なツールとして機能した詐術だったが、日本ほど日常的に憲法論議をメディアで繰り返している国はなく、改憲せよ改憲せよと政治家や学者や文化人がテレビや雑誌で喧しく宣伝扇動している国は他にない。国民は改憲プロパガンダの桶に漬け込まれた漬物のようである。論憲が必要だとか、タブー視するなとか言う主張はもはや説得力を失った。むしろここ数年間の過剰な憲法論議(実際には改憲プロパガンダのシャワー)は、国民の間に疲労感と倦怠感さえ覚えさせているように見える。



b0018539_955261.jpg加憲や創憲などの目晦ましの議論には意味はない。立場は護憲か改憲かの二つであり、改憲は9条の改正である。国民投票で突きつけられるのは、9条改正に同意するか否かの選択なのだ。一個の市民として冷静に世界を見回したとき、憲法9条の存在は実に奇貨としか言いようがない。もしどこか他の外国に生まれたとしても、日本国憲法を知れば、同じ憲法を自国に持ちたいと願望したことだろう。民族紛争や地域紛争の災禍に悩まされているアジアやアフリカの途上国の庶民の視線から見たとき、自分が彼らと同じ立場や境遇に置かれたとして考えたとき、軍隊と戦争の放棄を掲げた平和憲法は明らかに羨望と憧憬の対象であり、自国の理想として採用を試みてよいモデルである。平和憲法は人類史的存在であり、弱い立場の庶民であれば誰でも賛同できる原理であり、戦争を拒絶する民衆の歴史的な到達点を示す画期的な成果である。中国や韓国に居住する者でも、いずれは日本国憲法と同じ憲法を持ちたい、持ってよい、持つべきだと内心思っているに違いない。

b0018539_9551551.jpg憲法を教科書的に考えたとき、その歴史的な発展は、フランス人権宣言からワイマール憲法、そして平和憲法へとホップ・ステップ・ジャンプの三段階で示されるという憲法理解が一般的な常識であるように思われる。主権在民(民主主義)と基本的人権(自由権)の原理はフランス人権宣言が確立し、社会的生存権を最初に明文化したワイマール憲法は夜警国家から福祉国家への転換を歴史的に方向づけ、そして最後に国家が軍隊と戦争の放棄を宣言した平和憲法が誕生して、近代市民社会は最終的な完成形態に近づく。概ねそのようなイメージである。学校教育は憲法を生徒たちにそのように教えているはずで、現在までこの憲法観を根本的に覆す学説は出てきていない。世界の諸国においても、この憲法観の説得力はほぼ普遍的なものであり、例外を上げるとすればイスラム諸国のみだろう。嘗ては社会主義の憲法が平和憲法のさらに先の未来を示すのだという主張もあったが、現在はそのような議論は完全に消え失せ、社会主義国そのものが地球上にすでに殆ど残っていない。

b0018539_1073625.jpg戦後日本への世界の評価は、戦争と軍隊を憲法で放棄し、国民の努力と国家の資源を平和的な経済建設に集中して、敗戦の焼野原から高度経済成長を達成したという日本の戦後神話への支持と共感にもとづく。世界中の誰もがその理想的な社会像に尊敬の念を持つのである。イラク戦争の際、中東の人々の日本評価の問題が論じられたときに話題に上ったが、中東諸国を含めたアジア・アフリカ諸国の日本への好感の心理的基底にはこの戦後日本像があり、それは日本が海外に持つかけがえのない無形資産なのだとNGOの代表が指摘していた。自衛隊のイラク派兵によって中東での日本のイメージは傷つき、平和憲法と高度成長の日本神話も怪しげなものになってきたが、もし平和憲法が世界各国の公民教科書に記述されるとすれば、そこには戦後日本の経済成長の成功の物語がセットになって紹介されることだろう。平和憲法は解釈改憲を積み重ねて現実の態様としてボロボロになっている。が、概念としての平和憲法と戦後日本の歴史は気高く、なお誇り高さを失っていない。

b0018539_9553620.jpg今回、ユンカーマンが映画『日本国憲法』を製作してくれた。数年前にサッカー選手のストイコビッチも同じ趣旨の発言を残していたが、最近は日本人より外国人から平和憲法の発見と感動の声を多く聞く。不思議なのは、外国人が日本人に平和憲法の意義を説得しているのに、なぜ日本人で外国に向かって平和憲法をエバンジェライズする人間が出て来ないのかということだ。なぜ外国に平和憲法の擁護をアピールする日本の知識人が出ないのか。米国西海岸を発信基地とする日本の国連常任理事国入り阻止のネット署名運動は、瞬く間に全世界を覆って3500万人の署名を一気に集めた。日本国憲法の改正阻止を全世界に訴えるネット署名運動も興ってよいではないか。平和憲法の改正問題は世界を揺るがす重大事であり、日本一国の国内問題に止まらない。改憲阻止は世界中の草の根市民の支援を受けるべき政治問題である。坂本義和が言うように、市民社会が国境を越えて拡がるものであるならば、それを推進する原動力はインターネットであろう。CNNが日本国憲法改正の是非を問う世論調査をする図を見たい。
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by thessalonike | 2005-05-03 23:30 | 憲法 ・ 改憲 ・ 平和 (7)   INDEX  
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