本と映画と政治の批評
by thessalonike
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クール・ビズは定着しない - 思想なき官製ビジネスカジュアル
b0018539_16313791.jpg電車に乗るとクロップドパンツとヌーディーなミュール姿の若い女たちが目立つようになった。梅雨の季節の日本の女の定番がこのスタイルなのかも知れない。この服装は身体がスリムであればあるだけ美しく見映えがする。そして梅雨も半ばを過ぎ、気温三十度を超える日が多くなると、ミュールの素足の上が艶かしいキャミソールになり、男たちにとっては否応なく性的欲望を刺激させられる季節になる。さてクールビズのお話だが、率直なところあまり芳しい印象がしない。最もディスアポイントなシーンだったのは、TBS『ニュース23』の筑紫哲也のかりゆしウェアのシャツ姿だった。年寄りがオフの格好をして公衆の面前に出ると本当に爺臭くなってしまう。隣の佐古忠彦がフォーマルなネクタイ姿だけに映像がアンバランスで何とも締りがなくだらしない。筑紫哲也に限らないが、シニアがシニアらしく仕事ができるイメージを演出するためには、どうしてもフォーマルなスタイルの手助けを借りる必要がある。それを崩すとイメージが壊れる。



b0018539_16315038.jpgかりゆしウェアは環境省に先行して筑紫哲也が昨年から提唱していたのだと自慢したいらしいが、自分なら何を着ても似合うだろうと勘違いしていたのではないか。その点、古館伊知郎は心得たもので、決してそうした浮薄なムーブメントには乗らなかった。知性に劣る古館伊知郎がカジュアルなスタイルでカメラの前に出たらもう終わりだ。ニュース番組のバリューが一気に落ちる。見た目の問題について筑紫哲也よりもセンシティブな古館伊知郎は、今回の政府主導のクールビズ・キャンペーンや、それに悪乗りして騒いでいるメディアの人間たちを見て、内心せせら笑っていることだろう。男が人前に出て仕事をするときは最もパースエイシブなルックスとスタイルを心掛けなくてはならない。ビジネスをサクセスに導く最適の演出を選択しなければならない。カスタマの視界にシュアでコンフォタブルな映像で入らなければならない。営業マンがネクタイとスーツの格好をするのはそのためである。第一に顧客への配慮の表現なのだ。

b0018539_16431419.jpgテレビの報道番組の顧客は一般の視聴者である。視聴者にとって筑紫哲也キャスターは知性と教養の人であり、政治報道において誤りのない解説を社会に提供する知識人である。そのように期待されている。その期待感を視覚情報でサポートしているアイテムの一つが、オーソドックスでありながらライトな印象を醸し出した明色系のソフトスーツのファッションであった。今回、それを捨てて奇妙なかりゆし開襟シャツ姿に変えたのだが、何やら金持ちの隠居老人がリゾート地で遊んでいるイメージが漂って、知識人が第一線で仕事をしている雰囲気がまるで出ない。クールビズも人によりけりであり、年齢や体型の面でルックスに衰えのある人間は、顧客の面前ではクールビズは遠慮した方がいい。早い話が高齢者が仕事をする場面でクールビズは考え直した方がいい。閣議や国会で政治家がラフな格好をして喜んでいる映像が頻繁に出るが、見映えがよくないので止めた方がいいだろう。どうしてもやるならスタイリストを付けるべきだ。

b0018539_1632113.jpgクールビズが定着しないだろうという予測は、政治家の中で最もテレビ映りを気にする安倍晋三が、その格好で人前に出て来ないことからも察せられる。米国の、特にIT関連企業では、ずっと前から会社で仕事をする時のドレスコードはシリコンバレー・カジュアルのフォームが定着していて、ポールスチュアートやラルフローレンで身を装うのがスタンダードだったが、それもやはり着こなすための条件はある。米国のエクセレントカンパニーの上級管理職には基本的に腹の出た人間はいない。煙草を吸う人間と肥満の人間は能力のある人間とは看做されないのである。そしてオフィスの中ではカジュアルで過ごす彼らも、顧客を訪問する際はフォーマルなスーツにネクタイを締めるのが普通であって、真夏の季節は会社のロゴ入りのポロシャツを着て会議に臨んだりするのである。顧客への配慮はある。かりゆしウェアが配慮がないとは言わないが、あれはビジネスカジュアルと言うよりも人目を気にしない田舎の地方公務員の格好だ。

b0018539_16322952.jpg今回のクールビズも政治家や官僚が始めてそれを民間に下ろそうとしている。大企業は官庁を真似て嬉しそうにその一過性のカルチャーをダウンロードする。尻尾を振って見せているのだ。そしてムーブメントは大企業で止まって中小企業までは下りて来ない。そういう浮かれた遊びをやっていたら中小企業は大企業から仕事が貰えなくなるから、中小企業はただ羨ましそうに流行を見ているだけなのだ。歪で妙な階層制(身分制)が日本には確かにあり、それが産業構造と密接に関係している。仕事の面で、報酬的待遇的にも、そしてこういう方面からも最も恵まれているのは役所の官僚であり、そして次に大企業の従業員である。純粋に価値の生産という面で見れば、最も価値を多く生産して日本経済に貢献しているのは中小企業なのに、分配の面で冷遇され、さらにこのような社会的境遇の面でも差別され、それが当然視されている。そういう意味から考えれば、昨年の堀江貴文の黒のTシャツ姿は確かに画期的だったのかも知れない。格好そのものはあまりにもルックスバッドではあったが、挑戦者としてのイメージだけは立派なものだった。
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by thessalonike | 2005-06-13 23:51 | プロフィール ・ その他   INDEX  
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