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本と映画と政治の批評
by thessalonike

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高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)
高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)_b0018539_13231457.jpg神田三省堂本店のエスカレーターを上がった四階正面に新しく売れ筋コーナーが設置されていた。前にジュンク堂新宿店の紹介を書いたときに、そこの新刊コーナーのプレゼンテーションが秀逸だという話をした覚えがあるが、神田三省堂本店のこの試みも悪くない。四階人文書フロアのベスト10を紹介してくれているからである。神田三省堂本店の四階はやはり別格的な存在で、本を読む者にとってきわめて重要な情報発信基地である。神保町に一歩足を踏み入れれば、三省堂四階には必ず立ち寄りをしなければならない。そのコーナーで売上第一位の商品として紹介されていたのが、高文研の『日本・中国・韓国共同編集-未来をひらく歴史』だった。先月ネットでもニュースとして注目されていたが、時節がら販売好調のようである。定価1600円、全223頁。手頃な値段で買いやすく読みやすい。まだ全部を読み終えてないが、中身も予想以上に充実していて、これは間違いなくお勧めできる一冊だ。



高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)_b0018539_13233356.jpg買って損するということは絶対ない。実は読み始める前はそれほど期待していなくて、特に新しい知識や問題提起に出会う予想はしていなかったのだが、読み始めた後の感想はかなり違う。退屈しない。この本はこれからさらに売れるだろう。商品として非常にいい感じに仕上がっている。薄くてコンパクトな教科書でありながら、内容を読むと蒙を啓かれる実感が確かにする。歴史認識の問題においてはこれまで右翼の側の出版と販促攻勢が活発で、この領域で売れ筋になっていたのは、須く右翼「つくる会」系の著者かその亜流の銭儲け屋が書いた下劣な反中反韓プロパガンダの紙屑ばかりだった。正規で公正な歴史学の陣営からの近現代史のプロダクトで市場でセールスを上げるものが特になく、市場での競争状態が政治的な説得力の競争にダイレクトに影響を及ぼしていた。今回、このベストセラー商品を得たことは、正しい歴史認識の普及と挽回を願う者にとっては近年稀に見る慶事である。

高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)_b0018539_1329312.jpg読み始めて気づいた点を挙げよう。この本は日中韓三国の歴史研究者が共同で執筆編集したもので、関係史としての三国の近現代史が書かれたものだが、構成された章や節のテーマ毎に責任の分担のバランスがあり、三国の研究者が一緒になって文章の一字一句を練っている記述もあれば、二国で議論して内容を固めたものもあり、また基本的に一国が責任を担って文章を書き上げている部分もある。そのあたりの編集の苦心が窺えて興味深いが、その中で感じるのは三国の中の一国や二国にウェイトが集中しないように、描かれる歴史のボリュームがなるべく三国に平等になるように配分されている事である。私が一読して面白いと感じたのはその点だ。三国が代わる代わるイーブンに登場する。と言うことは、これは私の率直な感想だが、本全体の中で韓国の割当スペースが意外に大きいのである。日中の間にある韓国が頻繁に登場する。韓国が歴史を自己主張している比重が大きく感じられる。

高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)_b0018539_1324025.jpgつまりこういうことだ。頁数の分量が三国均等分に配慮された歴史教科書を読んだとき、それを読んだ日本人の私が韓国史の登場場面を過剰に感じたということは、すなわち私自身の近現代史の歴史認識の中で韓国の事前知識が大幅に欠如していたことを意味し、韓国の位置づけが粗末なまま空白状態で放置されていたということを自己証明するものである。これは映画『スキャンダル』を批評した際も少し触れた問題だが、日本人一般はあまりに隣国である韓国の歴史を知らなすぎる。中等教育課程における歴史教科において韓国朝鮮史が甚だしくマスクされている。韓国史の存在意義が過小評価されている。この点は戦後の歴史教育の中身を学校現場に提供してきた歴史学界にとって反省が必要な問題であり、今回のプロジェクトに参加した日本の研究者は、その反省の上に立って従来の欠落を埋めるべく努力したと評価できるのだろう。私と同じ感想は本を読んだ多くの読者が共有するに違いない。

高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)_b0018539_13241156.jpgこの本は三国で出版され三国の読者にとって教科書となるものである。綿密に調べ上げたわけではないので確言はできないが、懼く本の中に登場する人物(人名)の数についても、然るべく三等分が配慮されているのではないかと思われる。日本人でも布施辰治(P.84)のように(恥ずかしながら)今まで知らなかった人間も出てくるが、特に韓国の人物で初めて名前を見る人間が多い。中国の人物でも今回初めて見る者が何人も出て来る。これらの人物は中国や韓国の人間ならば、皆、教室の授業の中で名前を覚える重要な歴史的存在なのだろう。そういうところでまさに蒙を啓かれるのである。わずか223頁。知らない事実や知らない人物がたくさん登場して驚く。自分が学生時代に身につけた歴史知識の古さという問題にあらためて直面させられる。薄い教科書だから既知の史実ばかりが味気なく平板に並べられているだろうと思うと大間違いなのだ。これから読む人はぜひそのことを楽しみにして読んで欲しい。

高文研 『日本・中国・韓国共同研究-未来をひらく歴史』 (1)_b0018539_13242415.jpg

by thessalonike | 2005-06-14 23:30 | 歴史認識 (7)   INDEX  
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