本と映画と政治の批評
by thessalonike
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永岡洋治の死と郵政の政治闘争 - 憎悪と執念の修羅場へ
b0018539_14385531.jpgマックス・ウェーバーは『職業としての政治』の中で、政治とは情熱と判断力の二つを駆使して堅い板を粘り強く刳り貫く忍耐の要る作業であり、そしてどのような現実と境遇に置かれても、挫けず諦めずに挑戦を続ける者のみが政治への天職(ベルーフ)を持つのだと言っている。そうしたウェーバーの古典的な「職業としての政治」の観点からすれば、今回の永岡洋治の不幸はあまりに虚弱で、政治家の資質を著しく欠くものと思わざるを得ないが、昨年から精神を病んで通院していた永岡洋治にとって、この夏の政争は傷んだ心の傷口をさらに押し広げる耐えられない苦痛だったのだろう。噂では次の選挙で中村喜四郎に票を回すと脅されたらしい。永岡洋治は過去二回選挙に落選している。東大法学部からハーバード大、農水省のキャリア官僚と挫折知らずのエリート人生にとって、二度の落選と浪人の憂き目は辛く厳しいものであり、その悪夢は心を蝕み、生きる意欲を失わせるほどの重苦だったに違いない。結局、党の脅しに屈して白票を入れた。



b0018539_12453192.jpgだが、それは選挙区の支援者と同志を裏切る行為だった。票を中村喜四郎に回すぞと脅した当人は幹事長の武部勤である。武部勤は昨日の会見で「特に思い当たるところはない」と述べ、その足で永岡洋治の自宅を弔問している。遺体と遺族の前で何を語ったのだろうか。稚内から知床までのオホーツク地方を選挙区とする武部勤であれば、郵政民営化が過疎地の住民に何を齎すかは簡単に理解できているはずだ。もし武部勤の属している派閥が山崎派ではなく、亀井派や橋本派であったならば、同じ苦悩と悶絶は武部勤の身をも等しく襲いかかったはずなのである。政治だから多数派工作の脅しも必要であるに違いない。だが、そのために結果的に死に追い詰めた者の前で、平然と「思い当たるところはない」と言えるだろうか。せめてテレビカメラの入ってない居間の中では、残された遺族に向かって、党責任者として謝罪の言葉を垂れるべきだっただろう。永岡洋治の自殺はこの政争を残酷で悲惨な性格なものに一変させた感がする。

b0018539_12185828.jpg今日の朝日新聞を開くと、郵政法案に反対の議員の数が十二人という記事が一面に載っている。三日前の読売新聞と産経新聞の調査では十四人。日を追う毎にマスコミが報じる造反者の数は減っている。これが執行部の切り崩しの成功による結果なのか、それとも荒井広幸や小林興起が言っているステルス作戦なりカメレオン作戦の効果なのか、本当のところは分からない。表面上の政治家の発言では影響はないとは言うものの、永岡洋治の死は本会議で投票箱に札を入れる一人一人の胸に重くのしかかることだろう。この事件は青白一票をいちだんと重いものにした。この政争には永田町特有の芝居じみた軽さがあり、またマスコミが民営化後の国民生活への影響を隠蔽したこともあって、国民の関心はさほど盛り上がることはなかった。が、今回の事件を機に様相が変わりつつあるのかも知れない。それは、単なる政策論争とかポスト小泉の派閥抗争の次元を超えた、人格的な憎しみを伴う血みどろの権力闘争に転化しつつあるということだ。

b0018539_12191042.jpgこれまで亀井静香の顔は冗談半分で、話も漫才気分の印象が強く、それはまた皮肉で応じ返す小泉首相も同様で、いかにも永田町の茶番政争劇という雰囲気が充満していたが、これからはそういう面白半分の情景が完全に消えるだろう。生死を賭けた戦いであり、この権力闘争が終わったとき、果たして小泉首相と綿貫民輔の二つの陣営が勝敗を分けながら仲良く握手することができるだろうか。反対派が永岡洋治の「仇討ち」を標榜するのは、単に政治的な宣伝の意味のみならず、感情の部分で共感依拠するものがあるからだろう。論理よりも感情がエネルギーとして展開を動かす政局になった。そしてそれを小泉首相自らが演出して積極的に扇動している。極限まで議員に解散圧力をかけるべく、必死で関係者やマスコミの前で「解散選挙」を演技しているのである。解散ブラフは演技だが、その政治手法は演技という言葉の軽さを失って、人ひとりの生命の重さを実感する凄絶さと権力政治への厭悪感を帯びてきた。末期的な状況に見える。

b0018539_12192775.jpg何が末期的なのか。自民党の末期症状であり、小泉政権の末期症状である。何度も言うが、小泉首相に解散の腹はない。脅しと可決に全力を注いでいるだけだ。票読みで否決優勢が判明すれば、すぐに踵を返して青木幹雄に一任という形にして継続審議で逃げるだろう。廃案ではないのだからそこでまた政争をやり直せる。策を準備できる。極限まで解散のバーチャルリアリティを高め、その圧力で寝返らせて薄氷の可決を得る。戦略は一貫している。反対派のステルス戦略は、執行部に票読みで「僅差の勝利」を確信させて、本会議の現場で大差で逆転否決することである。内閣総辞職に追い込む。私が否決を確信する理由は、前にも述べたが、その決断が最後は議員一個の信念とコミットメントに収斂して行くからである。派閥のしがらみでも党の権力でもない。青白一票の事実は永遠に残り、それは地域住民の記憶に残る。派閥も党も泡沫のようなものに過ぎないが、政治家である自分と支持者住民は永遠のものであり、かけがえのないものである。政治家は魂を売れない。合掌。
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by thessalonike | 2005-08-02 23:30 | 郵政政局 ・ ポスト小泉 (10)   INDEX  
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