本と映画と政治の批評
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小泉「郵政民営化」の変遷 - 市場原理主義者に丸投げの失敗
b0018539_14284646.jpgネットの中でも、TVの街の声でも、郵政民営化は小泉構造改革の重要な柱であり、国民のために必要な政策だから国会で法案を通す必要があるという意見をよく聞く。そういう呆論を吐いている人間の殆どは、都市在住の、マスコミの改革プロパガンダで洗脳された観念倒錯者であり、また、郵便局で働く職員が失業者になるのを見たり、過疎地で暮らす人間が不便になり不幸になるのを見て喜んでいる自称「弱肉強食主義」の精神異常者である。この十年間にそういう精神異常者が日本中でやたら増えた。不愉快きわまりない。現時点で「小泉構造改革」を支持するという人間は、よほどの白痴でなければ、自覚した新自由主義の前衛であり、日本国を潰して日本を合衆国の一州にしようとする狂信的な米国盲従主義者である。自分も米国人と一緒になって日本人多数を奴隷にし、その生き血を吸い取って生き残ろうとしているのだ。そういう日本人は少なからずいる。丸の内とか、六本木とか、品川港南口とか、ピカピカの高層ビルが建ち並ぶ東京の新しい街の近辺には、そういう頭がおかしくなった日本人が大勢いる。



b0018539_1157382.jpg小泉構造改革というのは、地域住民や中小企業から生きる権利を奪い取る政治である。日本の地方経済や中小企業から富を収奪して、それを米国資本に貢納する政治である。日本経済を米国経済と一体化させることによってマクロの景気指標を上向かせようとする経済政策である。市場原理主義者の竹中平蔵が経済財政担当相に就いてから、その政策への傾斜がいちだんと露骨になった。新自由主義者の大衆洗脳が成功しているのは、新自由主義者が政権の中枢を占めてマスコミに支配を及ぼしているからであり、新自由主義に政策反論する公共経済論者が、利権にしがみつく守旧派のように表象操作されてテレビの画面から締め出されているためである。内橋克人は最近は殆どテレビに出演する機会がない。金子勝もめっきり出番が減った。公共経済政策論の牙城であった野村総研は、エースの植草一秀が痴漢事件で逮捕されて壊滅状態に陥った。事件が謀略だったとは思わないが、あの一件で竹中平蔵の敵は消えた。生の政策論争で竹中平蔵を論破できるエコノミストは植草一秀だけだった。

b0018539_129326.jpg小泉純一郎が郵政民営化を言い始めたのは、記憶では最初に総裁選に出馬した十年前の95年である。よく思い出して欲しいのだが、このときの小泉純一郎は、郵政民営化について、決して財政投融資の蛇口を閉める云々の財政改革上の意義を強調してはいなかった。「郵政民営化」と言ったきり、その先の言葉が出なかった。久米宏が『ニュースステーション』に小泉候補を呼んで政策の中身と意味を聴こうとしたときも、具体的な話は何もせず、単に「郵政民営化」と何度も連呼するだけであり、要するに「小泉純一郎=郵政民営化」と覚えてくれと頼んでいるだけであり、他と自分を区別する政策シンボルのワードなのだというアピールを言っているだけに過ぎなかった。その姿はコケティッシュであると同時に、例えば橋本龍太郎のような倣岸不遜な個性と比較して印象がよく、中身は考えてないが郵政民営化のキャッチコピーで一生懸命自分を売り出しているのだなという、何か新人歌手の熱意のようなものが感じられて、それ以上は他の報道キャスターも小泉純一郎に対して郵政民営化を突っ込んで聴くことをしなかった。

b0018539_11575775.jpg小泉純一郎が経済政策も含めて政策一般について十分な知識や理論を持っていない政治家であることは誰の目にも明らかだったし、政策では劣るが大衆を前にした態度は決して悪くなく、政局についてはカメラの前で隠さずに裏話を披露し、ルックスで点を稼いで人気で他の有力者たちを凌いでいた。十年前の小泉純一郎は政策論を期待されない個性的な政治家であり、郵政民営化は単に代名詞として意味のある看板に過ぎなかった。敢えてそこに意義があるとすれば、表向きの政策意味は公務員の削減であり、小さな政府の実現であり、国鉄民営化のカーボンコピーである。だが、国鉄と違って郵便局は赤字を垂れ流してはいなかったし、国民もその経営や事業に何も不満を感じてはおらず、小泉純一郎が連呼する郵政民営化のスローガンを奇異に感じるのみだった。それ以上に、この男が自民党の総裁になるとは誰も予想せず、熱意ある泡沫候補として一生を終わるだろうと誰もが思っていた。十年前の郵政民営化とはそのようなものであり、小泉純一郎の個性を訴求する一個の政治言葉に過ぎなかった。

b0018539_11581279.jpg95年と言えばバブル崩壊から四年後、例の住専問題が起きた年で、そこから山一倒産に至る金融危機と不良債権問題が拡大、デフレスパイラルが日本経済を覆って行く入り口の年である。巷で囁かれていたのは、小泉純一郎はきっと郵便貯金の200兆円を潰れかかりの大手都銀に移し、銀行の資本を増やさせて救済しようとしているのだろうという推論だった。小泉純一郎の「郵政民営化」は、実はその時々で政策の中身と意味が変わっている。小泉純一郎本人は常に複雑で詳細な政策論を避け、抽象的な「改革」スローガンの連呼だけでその場を済ませてきたので、その郵政民営化の政策的中身の変遷について小泉純一郎自身の証言から跡を取ることは難しい。けれども、その「郵政民営化」の中身が変わり、意味が変わってきたことは間違いなく、すなわち現在の「郵政民営化」は小泉純一郎の政策と言うよりも竹中平蔵の政策であり、米国通商代表部の政策である。竹中平蔵が経済財政担当相になり、さらに郵政民営化担当相になった時点で、三事業の解体と郵貯簡保の米資への売却の方針が固められて行く。

b0018539_1158262.jpg「郵政民営化」が竹中平蔵の過激な新自由主義の路線で収斂することがなければ、今度のように自民党内で揉めることはなかったのである。テレビの評論家たちは、自民党の造反議員に対して、これまで選挙のときはさんざん小泉首相の改革人気を利用してマニフェストも承認しておきながら、今になって郵政民営化に反対するとは何事かと非難するのだが、自民党の議員たちが合意した「郵政民営化」は、二年前の郵政公社法の制定と施行までであり、彼らからすれば郵政改革は公社化で一段落着いた話なのである。その政策法制上の取り纏めの中心にいたのが片山虎之助であり小里貞利だった。そこには竹中平蔵はいなかった。三事業解体と完全民営化、即ち株式売却まで党内の派閥や議員が承認していたわけではなく、だからこそ郵政部会で大紛糾したのであり、法案として確かな党内合意を取れないまま無理やり総務会にかけ、総務会を多数決で強行突破して衆院採決に持ち込み、今回の自民党分裂の政局にまで至ったのである。造反には理がある。小泉純一郎の失敗は「郵政民営化」を(USTRのエージェントである)市場原理主義者に丸投げしてしまったことだ。
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by thessalonike | 2005-08-08 23:30 | 郵政民営化 ・ 総選挙 Ⅰ (15)   INDEX  
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