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本と映画と政治の批評
by thessalonike

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『Good Luck』(3) - ベンジャミン・フランクリンの訓戒集
 『Good Luck』(3) - ベンジャミン・フランクリンの訓戒集 _b0018539_1602846.jpg『グッドラック』は寓話で表現された幸運論なのだけれど、説かれている中身は決して観念的な幸福論ではない。宗教が語るような「頭の切り替え」とか「気持ちの持ち方」を要請する幸福論や人生論ではなく、現実的で経済的な成功法則論である。実践的でシンプルな生活倫理と経営倫理の啓発が『グッドラック』のメッセージだ。前回、作品の背後にダニエル・デフォーの『ロビンソン漂流記』が見え隠れしている点を指摘した。作者の企図は現代版「ロビンソン・クルーソー物語」にあるのではというのが私の見方だが、『グッドラック』のメッセージは読者に対してさらにダイレクトであり、物語を読ませて裏の寓意を考えさせるというスタイルではなく、いきなり各章の終わりに総括として教訓の言葉が書き並べられている。この教訓カタログが『グッドラック』を文学の本ではなく経営の本にしているとも言える。



運は、呼び込むことも引き留めることもできない。
幸運は、自らの手で作り出せば、永遠に尽きることはない。(P.19)

幸運が訪れないからには、訪れないだけの理由がある。
幸運をつかむためには、自ら下ごしらえをする必要がある。(P.42)

欲するばかりでは幸運は手に入らない。
幸運を呼びこむ一つのカギは、人に手をさしのべられる広い心。(P.55)

下ごしらえを先延ばしにしてしまえば、幸運は絶対に訪れてはくれない。
どんなに大変でも、今日できることは今日してしまうこと。(P.66)

幸運をエサにするような人は信じないこと。
幸運は売り物でも、道具でもないのだから。(P.88)

できることをすべてやったら、あせらず、あきらめぬこと。
自分には必ず幸運が訪れると信じ、甘い言葉には耳を貸さぬこと。(P.95)

 『Good Luck』(3) - ベンジャミン・フランクリンの訓戒集 _b0018539_1604781.jpg上の教訓カタログを読みながら、読者は自ずとあるものを想起する。前に紹介した大塚久雄の「ロビンソン・クルーソー物語」のホモエコノミクス人間類型論の中にも名前が登場したが、あのベンジャミン・フランクリンの道徳的訓戒の言葉である。避雷針を発明したことで有名なフランクリン。フランクリンのプロテスタント的職業生活倫理の訓戒集はウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で出てくる。『グッドラック』の教訓カタログは内容的にもフランクリンのものとよく似ている。こういう類のものは洋の東西を問わず基本的に同じかも知れないが(江戸期の石田梅岩の石門心学とか戦後の松下幸之助のPHP哲学とか)、大塚久雄とウェーバーの言葉を借りれば、まさに「資本主義の精神」という話になるだろう。これまた久しぶりにウェーバーを繙いて、フランクリンの道徳訓戒集を復習してみよう。

時間は貨幣だということを忘れてはいけない。一日の労働で一○シリング儲けられるのに、外出したり、室内で怠けていて半日を過ごすとすれば、娯楽や■情のためにはたとえ六ペンスしか支払っていないとしても、それを勘定に入れるだけではいけない。ほんとうは、そのほかに五シリングの貨幣を支払っているか、むしろ捨てているのだ。

信用は貨幣だということを忘れてはいけない。だれかが、支払い期日が過ぎてからもその貨幣を私の手もとに残しておくとすれば、私はその貨幣の利息を、あるいはその期間中にそれでできるものを彼から与えられたことになる。もし大きい信用を十分に利用したとすれば、それは少なからぬ額に達するだろう。

貨幣は繁殖し子を生むものだということを忘れてはいけない。貨幣は貨幣を生むことができ、またその生まれた貨幣は一層多くの貨幣を生むことができ、さらに次々に同じことがおこなわれる。五シリングを運用すると六シリングとなり、さらにはそれを運用すると七シリング三ペンスとなり、spのようにしてついには一○○ポンドにもなる。

支払いのよい者は他人の財布にも力をもつことができる - そういう諺があることを忘れてはいけない。約束の期限にちゃんと支払うのが評判になっている者は、友人がさしあたって必要としていない貨幣を何時でもみな借りることができる。これは時にはたいへん役に立つ。勤勉と質素は別にしても、すべての取引で時間を守り法に違わぬことほど、青年hが世の中で成功するために役立つものはない。

信用に影響を及ぼすことは、どんなに些細なおこないでも注意しなければならない。朝の五時か夜の八時に君の槌の音が債権者の耳に聞こえるようなら、彼はあと六ヶ月延ばしてくれるだろう。しかし、働いていなければならぬ時刻に、君を玉突場で見かけたり、料理屋で君の声が聞こえたりすれば、翌日には返却してくれと準備もととのわぬうちに金額を請求してくるだろう。

(岩波文庫 ウェーバー 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 P.40-43
 『Good Luck』(3) - ベンジャミン・フランクリンの訓戒集 _b0018539_17145912.jpg

by thessalonike | 2004-09-28 23:30 | 『グッドラック』 (5)   INDEX  
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