本と映画と政治の批評
by thessalonike
カテゴリ
INDEX
『ダ・ヴィンチ・コード』 (7)
『アフターダーク』 (8)
『グッドラック』 (5)
『いま、会いにゆきます』 (5)
『ハウルの動く城』 (8)
『ブラザーフッド』 (6)
『シルミド』 (5)
『スキャンダル』 (4)
『グッバイ、レーニン!』
『ピアニスト』 (4)
『特別な一日』 (2)
ジュンク堂書店新宿店
丸の内オアゾの丸善本店
ライブドア問題考 (2)
球界再編 ・ 岩隈移籍考(10)
プロ野球関連 (5)
読売巨人軍考 (7)
米大統領選考ほか(5)
テロ ・ イラク戦争 (3)
憲法 ・ 改憲 ・ 平和 (7)
竹島問題・日韓関係 (8)
北朝鮮問題考 (10)
中国の反日デモ (10)
東京裁判 ・ 南京事件 (10)
歴史認識 (7)
靖国問題 (10)
郵政政局 ・ ポスト小泉 (10)
郵政民営化 ・ 総選挙 Ⅰ (15)
郵政民営化 ・ 総選挙 Ⅱ (15)
プロフィール ・ その他

access countベキコ
since 2004.9.1



韓国映画『スキャンダル』(1) - 愛を描き、観客を感動に導く
b0018539_943396.jpg話題のヨン様の映画デビュー作。見どころの一つは、『冬のソナタ』のペ・ヨンジュンが、時代も役柄も全く異なるこの作品でどういう演技を見せてくれるのかという点だが、ファンは実に一見の価値がある。見るべきだ。前評判のとおり、浮薄な女誑しの貴族のプレイボーイに徹しきっていて、冬ソナのあの生真面目なチュンサン青年の面影はほとんど見えない。イメージを消している。どこかで読んだ公開前インタビューで、役者は役を演じることが大事なのだというペ・ヨンジュンのコメントが記憶にあるが、まさにその発言のとおり。『冬のソナタ』のイメージを完全に壊している。写真を見てもそうだが、映画を見た最初の印象は、あれ、メガネを外すとこんな顔になるのかというものである。その印象分裂の奇妙で意外な感覚が映画のラストまで続く。最後までチュンサンの表情が画面に登場して来ないのだ。ペ・ヨンジュンの俳優としての演技力を褒める以外にない。



b0018539_9435594.jpg韓国映画は(ドラマもそうだが)どの作品を見ても、俳優の演技というものを考えさせられる。作品や脚本は俳優に求めている演技というものがある。それは単に台本の台詞を暗記して読み上げることではない。作品に描かれている人物になりきることだ。ペ・ヨンジュンは今回の作品でチョ・ウォンという好色で軽薄な貴族の型を表情と動作で作り上げていて、それを終始崩さずに表現するのである。目つきや口元や顎の動かし方でその特徴をよく表現していて、それは『冬のソナタ』の主人公の好青年の印象とは全く違う。それともう一つ、韓国映画(ドラマ)でいつも感じさせられる点だが、後半から終盤にかけてグイグイと盛り上げて観客を感動へと導く。物語に変転が起き、役者がそれまでの表情を一転させ、場面を盛り上げて行く。起承転結の基本がしっかりしている。

b0018539_944815.jpg今回の『スキャンダル』は原作が『危険な関係』だから韓国オリジナルの物語ではないのだが、ヒヨンチョ・ウォンの口説きに落とされる前後から、物語が静から動へと動き、ペ・ヨンジュンとチョン・ドヨンの表情も変わり、台詞が迫真のものとなり、愛の葛藤が生々しく演じ出され、観客はドラマの展開に惹き込まれて行くのである。そしてその話の進行と同時に、愛というものが、情欲や遊びであるものが実は人間の生死を賭けた真剣なものなのだというメッセージが届けられることになる。そのメッセージに心を打たれる。男と女の愛を真剣に考えさせられるという点で、『冬のソナタ』も『スキャンダル』もインパクトは同じで、そこに韓国映画(ドラマ)のよさがあるように思われる。日本の映画やドラマには愛が描かれないのだ。情欲は情欲のままで愛の本質の姿を見せない。

b0018539_9441864.jpg心に残ったこの映画のキーワード。ヒヨンの「私は愛というものを知らなさすぎる」。チョ夫人の「「男を一度覚えた女が貞節など守れるものか」。チョ・ウォンの「快楽よりも喜びが持続する」。性愛による救済を求めて彷徨する現代人の心を捉える言葉。男は全てチョ・ウォンのようであり、女は全てヒヨンかチョ夫人のようであり、若い娘たちは全てあの16歳の淫蕩な側室ソオクのように見える。この映画のキーになる場面は、やはりヒヨンとチョ・ウォンのラブシーンだと思うが、見た人の感想はどうだろうか。役者の二人はよく演じていたと思うし、監督もこのシーンが重要である点をよく承知していた。「処女とは思えぬほどに燃え上がって一つになった」。チョ・ウォンがチョ夫人に手紙で書き送ったこの二人の愛の情景が、チョ夫人を嫉妬に駆り立てて、二人を破滅に導く契機となる。

b0018539_9443226.jpgチョン・ドヨンは「処女とは思えぬほどに燃え上がった」演技をしなければならず、ペ・ヨンジュンは「快楽よりも喜びが持続した」演技をしなければならない。それを観客に説得しなければならない。ラブシーンの官能表現というのは本当に難しい。特に今の時代では大人の観客を納得させる性愛演技を映像で見せるというのは至難の技だろう。基本的にこの映画では手紙の文章の言葉を使うことと、チョ夫人役のイ・ミスクの嫉妬表現の演技で説得力をカバーしていた。現代人は男女の性愛について嘗ての人々よりも多くを知り、しかし多くを知らず、通常は自分は多くを知らないのに違いないという自己意識を持っている。数をこなしていれば愛を知っているというものでもない。話は違うが、日本の女優で言えば、松阪慶子のラブシーンが説得力があった。男優では三国連太郎か。現代人の心に響く、現代人をよく説得するラブシーンを見たい。 

b0018539_9471586.jpg

[PR]
by thessalonike | 2004-10-04 23:30 | 『スキャンダル』 (4)   INDEX  
<< 『ダ・ヴィンチ・コード』書評予... Indexに戻る 韓国映画『スキャンダル』(2)... >>