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本と映画と政治の批評
by thessalonike

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『ダ・ヴィンチ・コード』(7) - 学研『キリスト教の本』のお奨め
『ダ・ヴィンチ・コード』(7) - 学研『キリスト教の本』のお奨め_b0018539_14555095.jpg丸の内オアゾの丸善本店に様子見に行ったとき、4階のレジの列に並んで買ってきたのは山川出版社の『キリスト教史Ⅰ』と学研の『キリスト教の本(上)』だった。例のティービングが言っていた「公会議で投票で決まった三位一体説」の話が気になって、詳細を調べたかったからである。『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだ読者は、キリスト教の教義や歴史についてもう少し知りたいという欲求を自然に持つに違いない。この二冊を読み較べて言うと、『ダ・ヴィンチ・コード』で喚起された問題関心に対して当を得た回答を返してくれるのは学研の『キリスト教の本』だ。面白い。1165円。『ダ・ヴィンチ・コード』の副読本としてお奨めしたい。本の題名で損をしている。一見して、いかにも浅薄な趣味的カタログ本のイメージがあって、内容の濃さを期待できない印象を受けるが、実際は決してそうではない。キリスト教研究の最先端の問題意識が読者に分かりやすく紹介されている。



『ダ・ヴィンチ・コード』(7) - 学研『キリスト教の本』のお奨め_b0018539_923131.jpg簡単に言えば、ティービングやラングトンと同じ視角でキリスト教を捉えていて、死海文書やナグ・ハマディ文書研究の所産が反映され、教会による操作や後世の創作を排してイエスの実像に正確に迫ろうとする態度が明確にある。本が出版されたのが96年で、新しい時代の本だからという事情が影響しているだろう。その意味では山川出版社の『キリスト教史』の方は明らかに古い。もう一つ、学研の本のよいところは、キリスト教の教義を読者に説明しているところにある。説得的だ。特に藤巻一保による第1章『5つのキーワード - ユダヤ・福音・三位一体・救済・聖書』。文章は非常に短いが、キリスト教に内在しつつ読者に内在して、それを簡潔に説明する言葉を構成している。分かりやすい。宗教の教義の説明というものは、あまりそちらの方に内在すると読者の方は意味不明で退屈になる。逆に読者の側に立場を置きすぎると教義が無意味で無味乾燥なものになる。

『ダ・ヴィンチ・コード』(7) - 学研『キリスト教の本』のお奨め_b0018539_9233260.jpgこの本で受けた説得は、まず一つは、改めて認識させられた問題だが、旧約とは古い契約を意味し、新約とは新しい契約を意味するということ。神と人間が契約を結んだという世界観がベースにあること。始めに神との契約ありき。多神教で自然共棲的なマイルドな思想世界に生きているわれわれ日本人には実に馴染みにくく分かりにくい世界。神との契約という超越的で拘束的な前提があり、そこを基点にして啓示や福音や救済という概念が出て、内面的な意味を持つ。それともう一つ、古代イスラエル社会とはそもそも何なのかという問題がある。そこでの政治と社会はどうだったのか。ティービングは、イエスがユダヤの男性であったかぎり、妻帯せず独身であったとは考えられないと言っているが、キリスト教以前のユダヤ社会のリアルな実態をイメージする必要がある。新約聖書は全編これ予言の成就のお話であり、予定的で暗示的な基調に蓋われて、そこにあるユダヤ人社会が立体構造としてよく見えない。

『ダ・ヴィンチ・コード』(7) - 学研『キリスト教の本』のお奨め_b0018539_9234272.jpgそして、全体において平和的なイエスの活動において、唯一ユダヤ教の律法学者(パリサイ人)に対しては、イエスは闘争的であり、挑発的でさえある。律法学者が説く神と人との契約解釈に対して積極的に異議を唱え、比喩を駆使して反論を展開し、新しい契約の言説を提示、主張する。それゆえに受難の道を選ぶ。イエスの挑戦はユダヤ教の教義解釈の革新であり、旧契約の無効宣言であり、したがって当時のユダヤ社会支配層のイデオロギー的無価値化であり、没落の宣告である。救世主の如く振舞ったイエスが、体制の秩序と安定を脅かす危険思想家として捕縛され処刑されたのは、ある意味で当然の成り行きであったと言える。ユダヤ教的思惟、ヘブライズムの考え方には、神が救世主(メシア)を世に送って現世を改造するという強烈な革命思想がある。中国の易姓革命思想とも類似しているが、契約の契機が入るために、ヨリ根本的で内面的な様相を帯び、革命が単なる政治権力の交替の問題に止まらない。

神との契約は、何度も結ばれた。古くは大洪水を箱舟によって逃れたノアが、神と契約を結んだ。次いでアブラハムとの契約があり、最も有名な契約は、ユダヤ教最大の預言者モーセとの間で結ばれた。このとき、あらゆる律法の根源である「十戒」が、神からモーセを介してイスラエルの民に授けられた。 (中略) ユダヤ教徒は、この「新しい契約」を待ち望み、救いの日に現れると信じられたメシアをひたすら待ち望んでいた。そこに現れたのが、イエスであった。イエスは、ユダヤの貧しい階層を中心に、父なる神からの善き知らせ - 「福音」を宣べ伝えたが、その思想は、ユダヤの父祖たちが受け取った古い契約(キリスト教でいう「旧約」)に基づくユダヤ教の保守的伝統に、大胆な革新を迫るものであった。

(学習研究所 『キリスト教の本(上)』  第1章 5つのキーワード P.24-25)



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by thessalonike | 2004-09-16 22:30 | 『ダ・ヴィンチ・コード』 (7)   INDEX  
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