本と映画と政治の批評
by thessalonike
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仏映画『ピアニスト』(2) - 男性優位主義への挑戦なのか
b0018539_18113568.jpg少し繰り返しになるが、あの問題のトイレのシーン。男はたとえ若くて健康な身体を持った者でも、否、若くて健全な体であればなおさら、あのような異常で不本意な状況に襲われたとき、間違いなく勃起した男性自身を萎縮させてしまうはずだ。それが正常な身体というものだ。性的にノーマルなワルターが、トイレの場面でエリカにあのような意外きわまる被虐を受けながら、なおかつ身体的興奮を維持して数分間エリカの命令に従い続けるという設定が私には納得できない。作品中のキーのシーンであり、主題に直接関わる部分でもある。もしワルターが勃起の維持を可能せしめたとすれば、それはワルターの中に性的にアブノーマルな要素があったからという理由でしか説明できない。男の性は機械的なものではなく、性的興奮状態にある男性は獣であってもロボットではない。



b0018539_18221291.jpg映画の意図を「男性優位主義」(マチズモ)の対象化と超克だと指摘する評論があるが、私には逆に、この場面は男性に対する無理解という意味でのハラスメントであり、男性憎悪の表出のようにすら感じられた。男の性は基本的にナイーブで傷つきやすいものだ。特にワルターのような芸術的才能に優れた感性の鋭い若者であれば、その性もまた繊細で壊れやすいものだろう。精神が傷つけられながら性的身体だけは勃起を持続できるという前提が、あの青年においてあり得るだろうか。基本的にそこが不自然だ。ラスト間際のエリカを暴力的に犯す場面も同様で、あそこはまだ苦悩するワルターの愛の表現として納得が容易ではあるが、ノーマルな性を持った若い男の営みとしては、普通であれば行為に及んでも中途で不首尾に終わるだろう

b0018539_18115244.jpg瑣末な話かも知れないが正直な感想をもう一つ言おう。エリカとワルターとの交情においては口咽愛撫が多用される。女性として男を受け入れられないエリカの性という設定があるために当然そうなるのだが、エリカは男性経験のない中年の処女であり、そして孤独で自己中心的な性格の女である。そういう女が初めて愛した男にいきなり口咽愛撫をすれば結果がどうかは自ずから想像されるところで、この映画を見た男たちの口が一様に重苦しいのは、映画を見ながら、自分自身の柔らかい大事な部分に無造作に歯を立てられるような心地悪さを感じてしまったからだろう。映画そのものが男性に対する思いやりがない。何か男の性を傷つけようとする敵意が感じられる。気味悪さや心苦しさを何とか解消できるのは、主演女優のイザベル・ユペールが美しく、最後まで絶妙の演技を見せてくれるからだ。

b0018539_18222696.jpg例の口咽愛撫の際に嘔吐する問題の場面については、事前情報として頭に入っていたのだが、想像したほどにはグロテスクな映像ではなかった。むしろあの場面だけはエリカに同情する心境になった。それはなぜかと言うと、イザベル・ユペールの迫真の演技に心を奪われたからだ。嘔吐は自然に見え、ユペールのエリカは初々しい可愛い女に見えた。イザベル・ユペールは55年生まれの49歳。美しい。感動的な熱演に心から拍手を送りたい。この難解な欧州映画の主題や基調について理論的に論じる力量は私にはないが、脈絡なしに感じた点として、西洋社会における女性の性の抑圧の問題がある。原作者のイエリネクも、監督のハネケも、同様の思想を共有しているらしいのだが、それは何かと言えば、ベースはフロイトでありゲシュタルトの流れだろう。

b0018539_1812572.jpgニーチェから始まる問題意識。神が死に、神ではなく性が人間を衝き動かす根源だと説明する精神分析の方法。マルクスが後退して再び思想世界の前面で影響力を誇っている。そして「帝国」グローバル資本主義の世界支配に対抗する独立EUの思想的拠点ともなっているように見える。『ダ・ヴィンチ・コード』を読んでラングトン教授のセックス論議に洗脳されたせいもあるが、キリスト教史における女性とセックスへの過剰な抑圧という問題が頭をよぎる。翻って考えれば、キリスト教の歴史のない日本では、やはりエリカ的な性的倒錯は範疇外だということだろうか。少なくともわが国では「魔女」なり「魔女狩り」の歴史的事実は存在しない。抑圧が過剰だったから復讐のエネルギーも大きくなるのだろうか。まあ女性のノーベル文学賞受賞は八年ぶりだということだから、それはそれでいいのかも知れないが。
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by thessalonike | 2004-10-11 20:38 | 『ピアニスト』 (4)   INDEX  
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