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本と映画と政治の批評
by thessalonike

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韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ
韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ_b0018539_1492320.jpgこの作品は映画館で見るつもりだったが、予想以上に公開日数が短くてロスしてしまった。DVDで見たのだが、率直な感想を言えば、『ブラザーフッド』の感動にははるかに遠く及ばない。『シュリ』や『JSA』を見たときのような面白さも感じなかった。鳥越俊太郎と長野智子がやっているテレビ朝日の『ザ・スクープ』特別番組でこの事件について詳しい紹介があったため、事前に話の全容が頭に入っていて、それが単に映像で再現されたというだけに終わってしまった。プラスアルファが無い。辛辣な評価を述べさせてもらえれば、監督の作り方が中途半端なのだ。ノンフィクションとして現代史を正確に描くのか、それとも登場人物の内面に踏み込んで観客の共感を呼ぶドラマにするのか、両方ともが不十分で中途半端に終わっているのである。正直に言って、これは監督の力量の問題だ。



韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ_b0018539_1238118.jpgまず現代史(史実)の問題から批評を試みたいが、事実でない創作の要素がかなり入っている。それは韓国現代史を厳密に検証しなくても、映画を一回見ただけで矛盾に気がつく単純な問題である。映画では、数ヶ月の訓練を終えて、いよいよ金日成暗殺計画を決行するべく部隊がゴムボートで海を渡り、イムジン河から北朝鮮領内への侵入を試みようとして、そこで急に中央から作戦中止の指令が入り、海の上で684部隊に帰還命令が下されるシーンがある。懼くあれは映画の創作だ。事実ではないだろう。事実は、シルミドでの訓練を続けている途中で政治情勢と判断が変わり、部隊殲滅へと動いて行った筈であり、あの夜の出来事は無かったに違いない。映画の中で矛盾が露呈するのは、あの部隊長の空軍准尉チェ・ジェヒョンが、金日成暗殺作戦の実行責任者なのか、それとも単なる部隊の教育担当者なのかという問題だ。事実はどうだったのか。映画の中では具体的な襲撃計画についてチェ准尉と二人の部下であるチョ2曹とパク2曹の三人が協議し、河口から遡上して平壌に侵入する方法を決定している。

韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ_b0018539_149985.jpgつまりあの島が作戦参謀本部なのであり、チェ准尉自身が司令官なのだ。ところが、映画の途中からチェ准尉の司令官的性格が消え失せ、ソウル中央とシルミドを何度も往復して、部隊の残存を上官に懇願し始める。完全に単なる教育担当官になってしまうのである。しかもチェ准尉の上には空軍司令官らしき(無責任な官僚然とした)制服のトップと、その上に中央情報部(KCIA)関係の幹部らしい背広の政治家(オ局長)がいて、さらに終盤では、その上の上の権力中枢の政治的人物(中央情報部長か?)まで出てきて、指揮命令系統が上に上に伸び、偉い人間が三人も登場する始末なのである。軍隊(軍事作戦)でこんな事はあり得ない。後半の政治的配置が事実なら、前半のチェ准将以下のシルミドでの作戦会議と夜の出撃決行の話は嘘だ。作り話である。

韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ_b0018539_12411743.jpg金日成暗殺というのは韓国にとって国家の最重要事であり、実際にそれを実行すれば戦争になる。決断できるのは朴正熙大統領だけだ。作戦概要は軍参謀か中央情報部が立案するとしても、それを裁可し、指令するのは大統領の朴正熙のみで、684部隊までの間にあんなにダラダラと長い権力系統が連なるわけがない。企業や役所のサラリーマン社会のお話ではないのだ。この映画の最大の欠陥は、朴正熙を登場させていないことである。684部隊を創設したのも、金日成暗殺計画を練ったのも、さらに用済みになった684部隊の抹殺を指示したのも、全て独裁者の朴正熙である。この映画がノンフィクションであるのなら、実在の人物を実際の史実に忠実に出さなければいけない。そうでなければ意味がない。映画では登場人物の実名も実役職も出て来なかった。単に、国家権力の上の方の政治的都合で下っ端の684部隊の訓練兵と指導兵が犠牲になったという話にしている。

韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ_b0018539_148078.jpgこれでは韓国現代史の暗部を告発したことにはならないし、政治に翻弄されて犠牲になったシルミド関係者たちの供養にもならない。監督は一体どこまで事実を洗い出して、シルミド事件の全貌を調査解明していたのだろう。当時の韓国の権力構造は、独裁者である朴正熙大統領がいて、三権である軍と中央情報部と政府を統括していた。議会はあっても有名無実で、言論や思想の自由はなく、北と同様の軍事独裁国家であった。北と違って経済開発には成功していたが、反政府運動や反体制知識人への弾圧は強烈だった。金日成暗殺計画は、北の特殊部隊によって裏山から青瓦台を襲撃されるという屈辱と衝撃を受けた朴正熙が、まさに報復のために計画準備したものであり、その意味において684部隊は朴正熙の私兵である。そこが事実として正確に描かれなければ、この映画はノンフィクションとはならないし、実話の映画化という触れ込みも眉唾になる。中途半端なのだ。
韓国映画『シルミド』(1) - 実話と創作の間の中途半端さ_b0018539_1235649.jpg

by thessalonike | 2004-10-28 20:20 | 『シルミド』 (5)   INDEX  
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