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ファシズムの中の「反日」 - 戦前の南原繁と丸山真男
b0018539_12375725.jpg国内政治から野党(批判勢力)が消えた現在、私の中では、韓国と中国の動きはむしろ希望を託す「味方」的存在になっている。中国や韓国の主張の方が正当で、歴史普遍的であり、日本人にとっても幸福に繋がるものだという確信から離れることができない。たとえこの国の中で完全に孤立した絶対的少数者の立場になっても、自己の信念の問題として、こうして個人で言論を発信できる環境にあるかぎりは、口を噤(つぐ)むことなく少数意見を公論として示してゆくべきだと思う。現在の日本はファシズムの思想的環境にある。そういう気分をどのような表現で伝えれば人に説得的に響くものか迷い悩む。が、ファナティックな右翼国家主義に染まったネットの世界を眺めながら、鬱々として思い出すのは、丸山真男が書いた戦前の南原繁の思い出である。ブログ記事として引用の分量が多くなるが、肝心な部分の抜粋を試みよう。



b0018539_1426918.jpg英仏軍いまだも動かず午後早く 巷に出でて夕刊を買ふ

という一首があります。これは先生がご自分で夕刊を買いに出られた時の事でありますが、実は、しばしば助手の部屋に電話がかかって来ます。「まだ夕刊出ませんか。出たら一寸持って部屋に来て下さい」というのです。ちょうど正門の前に新聞を売っている出店がありまして、其処へ買いに行き、その足で先生の部屋をノックするわけです。

すると必ず欧州戦局談になります。勿論、戦争のニュースは当時の大きな話題にはちがいありません。けれども、先生の関心はちょっと想像のつかないような肩の入れ方でした。文字通り自分の身のまわりに起こっていることと、遠い世界の、ヨーロッパの彼方で起こっている巨大な出来事とが、先生の関心の内部では殆ど一体化していた、というのが私の印象であります。先生は欧州戦局に対して本当に一喜一憂されました。

b0018539_14315120.jpg一喜というのは、イギリスであれフランスであれ、ポーランドであれユーゴであれ、そして独ソ開戦後はソ連に至るまで、凡そ独伊枢軸に対して抵抗する諸国の優勢な情勢への喜びであり、一憂とは逆に枢軸の優勢に対する憂いでありました。つまりすべてがその時の支配的な傾向 - 新聞の調子とか世論と逆でありました。

勿論私も家庭的な環境もありまして心情的には先生と同じでありましたけれども、何といっても前述したような事情もあって、私は発言については臆病なくらい慎重にしていましたので、先生の部屋をノックする時だけは、一寸頭のネジをひねって切換えてから入るのが常でした。「いいね君」「どうも調子が悪いね」というような事をいわれる「いい」「悪い」というのが其の時に世間でいわれているのと全然反対の意味なので、慣れるまではまごつくのです。

b0018539_14293970.jpg天の川堰切り放ち雨ふらして ポーランドの国防がせたまへ
来る日も来る日も独空軍爆撃続くといふ 倫敦の市民は耐へてをるらし


こういう歌を見ますと、私には先生のその時の表情が目の前によみがえって参ります。現実のバラに酔いしれず、時潮に流されずに、むしろこれと凄絶に対決するところの精神は、かの昭和十六年十二月八日にクライマックスに達します。「十二月八日」と題する一連の歌があります。

人間の常識を超え学識を超えておこれり 日本世界と戦ふ

私は又この日の先生を鮮明に覚えております。研究室に来て、先生の部屋に行くなり「えらい事になりましたね」と申し上げますと、先生は沈痛な顔をして瞑目したまま静かにいわれたのです。「このまま枢軸が勝ったら世界の文化はお終いです」。

(『南原先生を師として』 岩波書店 『丸山真男集』第10巻 P.192-194)

b0018539_1430924.jpg南原繁にとっての連合国が今の私にとっての韓中であり、枢軸国が日本の右翼国家主義である。三木清や河合栄治郎は検挙され、三木清は獄死したが、幸いに南原繁はその禍に遭遇することなく戦中を生きのび、そして戦後日本を指導する一人として活躍できた。国際的孤立化の道を不可逆的に進む日本が最後に破滅するのはきっと同じであるに違いない。私は今回の外交戦で日本ではなく韓国が勝利することを望んでいる。南原繁の心境と同じである。戦争は行われていないが、外交戦は行われている。今月22日からのバンドンの戦い、来月9日のモスクワの戦い、そしてその間にある五・四運動の反日デモ。南原繁は戦後日本の偉大な指導者となり、その功績と名声は確固たるものだが、終戦から五年前の南原繁は、現在の言葉で言うまさに「反日」そのものであった。信念を枉(ま)げず、次の時代を信じて生きのびることだ。

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by thessalonike | 2005-04-14 23:30 | 中国の反日デモ (10)   INDEX  
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