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日中戦争の歴史認識(1)  - 祖国は司馬遷の国たるを思え
b0018539_9465076.jpg中国が、政府だけでなく国民一般も含めて、これほど強烈に小泉首相の靖国参拝に反発しているのは何故だろうか。日本のマスコミは、東シナ海のガス田開発問題や国連常任理事国入りの問題や、いくつかの問題を取り上げ、「何故この時期に」などという瑣末で皮相的な問題の立て方で視聴者に説明し理解させている。まるで偶然が重なったアクシデントのような捉え方と見せ方であり、また右翼たちは、中国内部の矛盾や混乱の方に関心を向けさせ、恰も反日デモの原因が中国国内に存在するかのようなプロパガンダを繰り返している。中国側が批判しているところの日本の軍国主義の復活という問題に真摯に目を向ける議論は日本国内では殆どない。中国が靖国に反発するのは、それが日本の軍国主義の象徴だからであり、靖国参拝は国家神道と日本の軍国主義の正当化行為であり、憲法の平和主義の原則を否定する行動なのである。だから中国のみならず韓国も憤慨する。シンガポールも警戒する。日本に対する反発の理由は同じなのだ。



b0018539_1044989.jpg日本の軍国主義が国内で公然と復活しつつあるという問題を正面から考えてみなければ、韓国や中国の反発を正確に理解することはできない。そこから目を背けると、韓国や中国の激しい反日の動きは、根拠を欠いた児戯に等しいエキセントリックな妄動というカリカチュアで終わってしまう。実際のところは、韓国の大統領府は、日本の軍国主義復活の情勢を韓国の安全保障上きわめて重大な事態として認識していて、それへの対応を国家戦略として準備し始めている。並々ならぬ危機感を抱いて、国家の全力を上げて、日本の覇権主義復活阻止の対策を講じようとしているのである。三十六年間も植民地支配を受けた屈辱の歴史があり、光復を国家の原点とする韓国であれば、それは当然のことだろう。放置しておけば再び侵略を受けて国を滅ぼされる。韓国でさえこれほどの危機感なのだから、日中戦争で甚大な人的被害を出した中国の場合は想像して余りある。日中戦争で日本軍のために身内や親戚を失った中国人が一体何人生きていることか。

b0018539_10547.jpgいつも思うことだが、朱建栄や葉千栄の議論は、中国民衆一般の主張や心情をわれわれに率直に代弁していると言うよりも、むしろ中国政府の立場からの外交的な見解や解説であって、極端な言い方をすればポークスマンの仕事をしている。だから日中戦争についても慎重なスタンスを崩さず、戦争被害者としてのストレートな感情や論理が表面に出ることはない。それは中日友好の立場と原則の下で意識的に抑制されている。大使館に石やペットボトルを投げる暴徒の民衆がいて、そして朱建栄や葉千栄のような日中友好を人生と言論の基盤とする国家エリートがいて、その二つからわれわれは中国のメッセージを受けるのだが、その中間のところで真実を発言してくれる知識人の存在がない。もっと言えば、日中戦争の真実を中国人に向かって説明し、日本人に向かって告発する中国の知識人がいない。そうした知性に出現して欲しいのだが、一方で、それは無いものねだりであり、共産党一党支配の体制下では永久に難しいのではないかという予感もある。

b0018539_12373171.jpg日中戦争についてそれを知る決定版の本がない。それからまた、日中戦争の論争は常に日本国内で行われている。中国の中でそれを客観的に対象化しようとする動きが微弱であるように見える。中国社会科学院が日中戦争の科学的研究に本腰を入れようとしないのは、中日友好の国是の前で遠慮しているのか、共産党中央からの指導によって研究事業が制限されているのか、あるいは真実を検証する史料データの欠落が甚だしいのか、それとも成果は出しているが翻訳出版を含めて日本人への告知が足りないのか。よく分からない。日中戦争については、日本国内でもあまり研究の業績が芳しい状況とは言えないように思う。南京大虐殺の犠牲者数にばかり話が向けられ、問題の関心や争点について右翼が主導権を握ったまま引き摺り廻し、中国側の公式発表の信頼性を切り崩しているように見える。右翼の側に勢いがあり、勢いが政治的説得力に繋がっている。対抗側の中心は岩波書店ではなく大月書店で、その点でも脆弱感が否めない。

b0018539_105333.jpg森村誠一の『悪魔の飽食』のような作品が出て来ない。これは作品の中身には若干問題があったようだが、歴史認識の問題提起としては画期的な成果を残した。個人的な願望を言えば、中国史の碩学であるNHKに日中戦争のスペシャルを製作して欲しかったのだが、とてもそういう状況ではなくなった。韓国はこれから大統領府の肝煎りで歴史再調査の大プロジェクトが始まる。政府が投資して史料を収集し、曖昧にしていた半島の近現代史を徹底的に洗い直す。その成果を大いに期待したいが、中国はどうするのか。共産党独裁政権の環境下では歴史の洗い直しは相当に難しい問題だろう。それは中国共産党の正統性(神話)の問題に直結する。中国が政府レベルでそこまで到達するにはまだ時間がかかる。だから誰か知識人が出なくてはいけない。ユン・チアンの『ワイルド・スワン』の日中戦争版が出なくてはいけない。アイリス・チャンはそれを目指したのだろうが、結果はどうやら失敗だったようである。誰かがその挫折を乗り越えて、後に続かなくてはいけない。

中国は何と言っても歴史の国なのだから。司馬遷の国なのだから。
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by thessalonike | 2005-05-12 23:07 | 東京裁判 ・ 南京事件 (10)   INDEX  
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