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日中戦争の歴史認識(3) - 秦郁彦『南京事件』の「あとがき」
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日本が満州事変いらい十数年にわたって中国を侵略し、南京事件をふくめ中国国民に多大の苦痛と損害を与えたのは、厳たる歴史的事実である。それにもかかわらず、中国は第二次大戦終結後、百万を越える敗戦の日本兵と在留邦人にあえて報復せず、故国への引きあげを許した。昭和四十七年の日中国交回復に際し、日本側が予期していた賠償も要求しなかった。当時を知る日本人なら、この二つの負い目を決して忘れていないはずである。それを失念してか、第一次史料を改竄してまで、「南京大虐殺はなかった」といい張り、中国政府が堅持する「三十万人」や「四十万人」という象徴的数字をあげつらう心ない人々がいる。もしアメリカの反日団体が日本の教科書に出ている原爆の死者数が「多すぎる」とか、「まぼろし」だとキャンペーンを始めたら、被害者はどう感じるだろうか。数字の幅に諸論があるとはいえ、南京で日本軍による大量の「虐殺」と各種の非行事件が起きたことは動かせぬ事実であり、筆者も同じ日本人の一人として、中国国民に心からお詫びしたい。この認識なしに、今後の日中友好はありえない、と確信する。 (P.244)




b0018539_12174287.jpgこれは、中公新書『南京事件』の「あとがき」に書かれた秦郁彦の文章である(86年1月)。周知のとおり、秦郁彦は「新しい歴史教科書をつくる会」の主要メンバーであり、従軍慰安婦の記述を歴史教科書から削除させようとする運動の先頭に立って活動するなど、歴史認識問題における右翼歴史家の巨魁と目されてる人物だが、掲示板やブログで「南京大虐殺はなかった」と咆哮しているネット右翼は、この秦郁彦の文章を読んでどのような感想を持つだろうか。それはむしろ秦郁彦自身に聴きたいところだが、本人は自分が二十年前に書いたこの文章とどのような思いで向かい合うのだろうか。中国政府が堅持している犠牲者数の数を「多すぎる」とキャンペーンしている団体の中心に鎮座しているのは、まさに上の文章の執筆者である秦郁彦本人ではないのか。現在の秦郁彦の実際の行動と上の痛切な反省の言葉とは明らかに矛盾する。左右どちらの立場の人間が読んでも、上の秦郁彦の文章は欺瞞的な印象を拭えないだろう。立場を動かしているか、そうでなければ「あとがき」そのものが偽りである。

b0018539_12175325.jpg中国側から見れば、この秦郁彦の文章は、まさに日本政府の「村山談話」の欺瞞に等しい性格のものであり、すなわち公式の発言と現実の行動の相違、タテマエとホンネの矛盾を顕著に露呈する典型的事例であるに違いなく、中国の日本不信の根拠を説得的に証明する材料の一つになるものであろう。この「あとがき」を見るかぎり、秦郁彦を歴史家として信用することはできない。歴史家ではなくて本当は政治屋なのではないかという疑いを抱く(経歴も少し怪しい)。真実ではなく政治こそが秦郁彦の真の目的であり、状況の変化に応じて言説を巧妙に左右させているように見える。二十年前に較べて日本の思想状況が極端に右傾化し、座標軸が右に動き、そして上の中立を偽装した「あとがき」の効果もあるのか、中公新書の『南京事件』は、現在では南京大虐殺の歴史を知る上での標準的な入門書のような外観を呈しつつある。「あとがき」の言葉が真実であり、秦郁彦が誠実な精神を持った歴史家であるならば、「つくる会」のような動きに対しては、真っ向からそれを否定し反論しなければならないはずなのだ。

b0018539_1218489.jpg南京大虐殺犠牲者数四万人説は、一般にこの中公新書が論拠となっている場合が多いようである。南京大虐殺に関する歴史認識の本質は犠牲者の数ではないと思うが、争点が数の問題に集中している状況があるために、どうしてもその問題に関心が向いてしまう。南京大虐殺の問題では全くの素人で、他の本、例えば笠原十九司の岩波新書『南京事件』などは未だ読んでないのだが、一読してこの犠牲者数の差異の問題が奈辺にあるのかが直観できたように思う。重要な問題の一つは、犠牲者数のカウントにおいて虐殺された敗残兵の数を含めるかどうかではないのか。秦郁彦の四万人説はこれを除外した数字である。虐殺された敗残兵には南京城攻防戦において日本軍に降伏した直後に戦場で殺戮された投降兵があるが、秦郁彦はそれを南京大虐殺の被害者の数に含めていない。この点は本を読んでいて大いに疑問に感じるところである。それからまた、非戦闘一般住民の虐殺者数についても、特に根拠もなしに「割引」して低く数字を見積もっている。この「割引」についてもよく分からない。

b0018539_1218148.jpg中国側の三十万人説を詳細に検証したわけではないが、この中には戦場で投降兵となって集団処刑された者や市内の敗残兵掃蕩で殺された者の数が含まれている。ジュネーブ条約は捕虜への虐待を禁じている。国際法違反の虐殺行為で命を落とした中国人俘虜の数を犠牲者の数に加えるのは当然だと思うが、秦郁彦はそうは思わなかったのだろうか。そしてこの中には、史料では五万人から十万人と推定される正規の国府軍兵士の他に、やむなく南京城防衛に加わる運命となった民兵(義勇兵や徴発兵)が数多くいたはずである。秦郁彦も数は特定していないが史料から民兵の存在を認めている。統計では開戦前の南京市の人口は百万人を超えていて、事前の避難逃亡や日本軍の虐殺で人口が減り、南京陥落後には二十五万人ほどになる。中国側の主張する犠牲者数三十万人説は、必ずしも虚偽や捏造ではないのではないかという心証を、実はこの秦郁彦の四万人説の本を読みながらでも持つのである。コンパクトな新書だが日本側の証言や証拠はよく追跡されている。まだ読んでない方には一読をお薦めしたい。
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by thessalonike | 2005-05-17 23:38 | 東京裁判 ・ 南京事件 (10)   INDEX  
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