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日中戦争の歴史認識(5) - 秦郁彦の方法的欠陥と自己矛盾
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それでも中国側が従来から主張している三○万-四○万の数字とのへだたりは大きい。(略)また数字の根拠を当ると、数少ない生存者の記憶による証言がほとんどで、故意にふくらませたとも思えず、被害者心理にありがちの誇張に由来するもの、と見当がつく。(南京市文史資料)研究会の方もカットする具体的根拠がないので、そのまま採用したのであろう。(P.214) 人口統計もしっかりしてないうえ、「白髪三千丈」の伝統を持つ中国のことだ。悪意はなくとも、数字がふくれあがるのはやむをえまい。(P.205) 悪意はなくとも「白髪三千丈」式にふくれあがったまま現在に至っている。(P.207) 従来の研究書には、被害者である中国側の証言や主張を軸に組み立てたものが多く、全体像が見えにくくなる傾向があった。そこで、本書では加害者である日本側の戦闘詳報や参戦者の日誌など、いわゆる第一次史料を軸として構成し、日本側でも後になって書かれたり語られたいわゆる第二次史料は、原則として補足、参考の範囲で利用するにとどめた。(P.243 秦郁彦 『南京事件』)




b0018539_1385950.jpg秦郁彦における南京大虐殺被害者数推定方法の特徴は、一貫して日本軍の史料のみを証拠として重視し、中国側の証言を誇張であるとして採用していない点にある。そして中国側の証言が誇張である理由については説明が為されない。単に中国の文学的伝統において「白髪三千丈」の表現様式があるから、中国側の事件証言も最初から誇張が施されて信憑性がないと切り捨てられている。ただそれだけの理由である。普通の読者であれば、この説明だけではとても納得できるはずがない。中国側の犠牲者三十万人の主張が誇大であると言うのなら、何故にそれが誇大であると言えるのか、中国側の議論に沿って積算された数字を検証し、個々の数字の中身について不整合性を論証しなければならないはずである。ただ中国は「白髪三千丈」の国だから主張している数字は真実ではないと言うのでは、歴史ではなく低級なプロパガンダであり、何の説得力もない。中国側の数字に誤りがあるのであれば、根拠を上げて具体的に糾さなければ中国側の主張を崩したことにはならないだろう。

b0018539_1391126.jpg秦郁彦の『南京事件』を一読しただけで、秦郁彦の虐殺犠牲者総数四万人論が信用できないのは、秦郁彦自身のこうした数字算出の方法的態度の問題にある。被害者である中国人側の証言に信憑性がなく、加害者である日本軍側の記録のみに信用性があると何故言えるのだろうか。一般に刑事事件においては、加害者側は自己の責任を逃れるために、あるいは責任をなるべく縮小させるべく、不都合な事実については否認したり隠蔽しようとするものである。裁判官は基本的に加害者が真実をありのまま認めるとは期待していない。事件の真実は客観的な証拠と被害者および第三者の証言に基づいて構成され判断される。秦郁彦の『南京事件』の歴史認識は、言うならば、裁判官である歴史家が、被害者である中国側の証言を一切証拠として認めず、逆に加害者である日本軍の一部証言だけを集めて南京事件の「事実」を書いた判決文なのである。これはどう考えても不当判決であり、とても真実の究明とは言えないものだろう。秦郁彦の四万人説が著しく説得力を欠くのはそのためだ。

b0018539_1392437.jpg秦郁彦が最重視する日本軍側の一次史料である指揮官の業務日誌や従軍者の日記記述を、秦郁彦は歴史家の眼でなぜ疑おうとしないのだろうか。秦郁彦のアプローチとは逆に、当時の現地軍の軍務記録ほど信用のできないものはないのではないのか。自己欺瞞あるいは自己弁護のために日本軍側の当時の事件記録が被害を過小評価しているとは考えないのだろうか。南京大虐殺について日本軍は厳重な報道管制を敷き、真相が外に漏洩することのないように万全を期している。敗戦時には、当然ながら、戦後裁判での責任追及を逃れるべく軍事機密書類は残さず焼却処分されている。事件に関わった日本兵が少しずつ真実を証言し始めたのは、戦後数十年が経過して東京裁判が過去のものになった後のことである。秦郁彦はこれらの戦後証言を二次史料であるとして証拠価値が低いと決めつけている。秦郁彦の歴史認識における証拠採用のプライオリティは、日本軍に都合のいいものほど優先度が高く、日本軍に都合の悪いものほど優先度が低く、信用性が低いものになっている。

b0018539_1393569.jpg人間はかぎりなく自己欺瞞の能力を具えた動物である。自伝・日記あるいは回想メモが、しばしば「第一次史料」として重視されるにもかかわらず、実はその「実証性」への過信こそもっとも警戒しなければならないのはそのためである。と言ったのは、『南京事件』の中で秦郁彦が戦後日本の知的マゾヒズムの教祖として弾劾した丸山真男である(丸山真男集10巻 P.314)。これは裁判官が事件を審理するときの一般法則であろうし、また歴史家が歴史の真実を裁断するときの方法的鉄則でもあろう。秦郁彦にはこの基本姿勢がなく、したがって秦郁彦の構成する南京事件史には説得力がない。秦郁彦は、本の中では日本軍の中国人蔑視の風潮を厳しく非難しているのだが、他ならぬ秦郁彦自身が、歴史認識の証拠史料を検分するに当たっては、中国側証言を頭から誇張と決めつけ採用除外しており、歴史家の態度として明らかに公平を欠き、中国人に対する偏見が看て取れる。不当に差別をしている。言っている事とやっている事が矛盾している。だから歴史家としての秦郁彦は信用できず、四万人説も信用されないのである。

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by thessalonike | 2005-05-19 23:15 | 東京裁判 ・ 南京事件 (10)   INDEX  
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