『ダ・ヴィンチ・コード』 (1) - 方法としてのインディジョーンズ
b0018539_1843417.jpg聖杯伝説とダ・ヴィンチの絵の謎を題材にしたサスペンス・ミステリー。読書の秋の注目の話題作。キリスト教史、ヨーロッパ思想史の本としても非常に興味深く読める。蘊蓄が満載で、特にアナグラムや暗号解読が好きな読者には堪えられない一冊だろう。ページを埋めているコンテンツは宗教学(図像学・象徴学)の知識なのだが、小説の方法が映画的で、ドラマの場面展開が映画のシーンが連続するように構成されている。すぐにでも映画化されそうな作品であり、その場合は米国(ハリウッド)の映画になるだろう。映画化が意識されている。読みながら作者のことを考えていた。ダン・ブラウンとはどういう作家なのだろうかと。作品のテーマやモチーフからすれば熟年のベテラン作家を連想させる。研究と熟考を重ねた文章を期待する。



b0018539_1722312.jpgところが実際に読んでいると、叙述と描写がプリミティブと言うか、表現や筆致に何となく成熟した印象を受けないのである。文章に奥行きと味わいがない。小説と言うよりも映画の原作のドラフトが一本書き上がった感じ。ひょっとしてこの作家はかなり年齢が若いのではないかと疑っていたら、案の定、64年生まれの40歳だった。具体的に感じたところを言えば、登場人物の言葉に重さや深みがないのだ。例えば、作品の中で重要な位置を占める英国人宗教学者のティービング、それからフランス司法警察警部のファーシュ、悪役で重要な配置を受け持つアリンガローサ司教。この辺の人物描写がどうにも浅くて物足りなく感じる。いかにも「米国人から見た欧州(各国)人」の典型的なキャラクターであり、ハリウッド的演出で軽いのだ。

b0018539_17221336.jpg小説の内容そのものがそうだが、あのスピルバーグの冒険娯楽映画『レイダース-失われた聖櫃』を見ている気分になる。読者は間違いなく紙背に『インディ・ジョーンズ』を感じるだろうし、主人公のラングトン教授にハリソン・フォードのジョーンズ博士(もう少し知的でスマートだが)を重ねて見るに違いない。懼く、作者のダン・ブラウン自身が、原作の筆を進めながら、映画の一コマ一コマを頭の中に復元している。小説の中身は絢爛豪華な宗教象徴学の薀蓄の世界なのだが、方法はハリウッドのインディ・ジョーンズ。そういう軽さと重さのアンバランスを感じさせられる。そして米国生まれの40歳という情報に納得する。映画で主題に関わる宗教的な荘厳さと重量感を出すためには俳優の個性と演技力に期待するしかあるまい。

b0018539_17222468.jpgオプス・デイ教団のシラスとかアリンガローサのキャラクターは、その経歴からしても、人生観からしても、原理主義的な宗教者としてもっと悪魔的で凄絶な怪物的存在である筈なのだ。だが、小説の中ではそれがリアルに強調されて描かれるのは序盤だけで、展開を追う毎に次第に奇怪さや不気味さが(意図的に)剥落されて行き、最後は何やらコケティッシュな雰囲気さえ醸し出すようになってしまう。最初は怖ろしかった悪役がだんだん弱くなって最後はスカッと滅亡するというハリウッド映画特有のあのパターン。米国人がシンプルに描いて楽しむ「悪は滅びる」描き方。この作品は、映画でなら最初から最後まで途切れずに楽しんで見れるだろう。が、文字を追いかけてページをめくる小説だと、どうも途中で集中力が途切れる。

b0018539_17223372.jpg面白いのだが、スリルもサスペンスもインテリジェンスもあるのだが、一気に読み上げるという具合にはならなかった。ワンクッションが入って、つまり頭の中で映画を上映して、その映像を前へ前へ動かして行かないといけない。言葉と表現の世界に没入する読み方にならないのである。文章に浸れない。作者が文章を読ませる手法に熟達していない。登場人物に歴史や宗教の背景を語らせるのではなく、作者が直に語って説明した方がよいのだ。そうすれば「レンヌ・ル・シャトーの謎」についても、より詳細に説明することができただろう。映像が先行して意識されているから、ティービングに饒舌に語らせ、ヌブーに幼稚に聞かせている。読者の好みの問題もあり、手法の選択の問題もあるだろうが。この辺に米国の文化性を強く感じる。

よくも悪くもこれが米国のカルチャー、米国の方法。



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by thessalonike | 2004-09-22 23:30 | 『ダ・ヴィンチ・コード』 (7)   INDEX  
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