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東京裁判被告人の保身と矮小 - 『軍国支配者の精神形態』
b0018539_1714021.jpg東京裁判は日本の侵略戦争の真実を明らかにした裁判である。歴史はこのように短期にプロジェクトのワークによって一気に真実が暴き出される瞬間がある。言わば革命的な歴史の生産である。右翼が言うように、東京裁判は戦後日本の現代史認識に決定的な影響を与えたが、他方で侵略戦争の真実の全体像から昭和天皇の姿を隠したため、きわめて曖昧で不完全な「真実」が描き出される結果となった。話をジグソーパズルに喩えるのは、あまりに天皇の存在の過小評価になるが、現人神であり統帥権者であった昭和天皇のピースを欠落させて仕上がった昭和史の「真実」の絵は、たとえ何千ページ何万ページの証言記録や証拠文書で真実性が担保されたものであっても、所詮は何やら嘘臭い政治的虚像のように観念されてしまう。戦争犯罪の刑事責任を個人に適用するのだと宣言し、その法的根拠や普遍的合理性について渾身の熱弁を振るうウェッブやキーナンの姿を思い描きながら、それならどうして最も責任を問われなければならない個人が最初から訴追を免除されているのだと歯痒い思いがするのである。



b0018539_1715791.jpgわれわれの一般的表象としての昭和史は、これはまさに東京裁判のプロジェクトの賜物ではあるのだが、独善と虚勢の化身のような軍部が暴走して無謀な世界戦争に国民を導き、国家を破滅させた失敗の物語である。軍部(という言葉)が責任の全てを被らされている。戦争政策の頂点にあって軍と政府を差配した天皇の姿は隠れ、それは意思を持たないどころか目も耳も口も持たない完全なお飾り人形の存在に抽象化(捏造)され、それからまた、国民を戦争に煽り立て、外務省や政府の弱腰を攻撃して世論を戦争へ糾合した朝日新聞をはじめとするマスコミの責任もすっかり蓋をされている。天皇も戦後を悠々と生き、マスコミもそのまま首を繋いで、暫くは戦後民主主義の旗振り役を務めることで戦前の責任から身を隠した。極東軍事法廷の検事団は、軍部や政府の人間だけでなく、新聞社など第四の権力の責任者も法廷に召喚して戦争責任を追及するべきだったのではないか。財閥経営者も含め、公職追放だけで済ませることなく、「平和に対する罪」を堂々と彼らマスコミの個人(軍国主義者)に問うべきであった。

b0018539_1721133.jpg右翼が主張する東京裁判否定論が説得力を持って響かない理由の一つは、訴追され断罪された軍閥の面々の法廷での態度にもよる。杉山元や近衛文麿のように自決せず、あるいは自決を果たせずに被告人席に着いた面々の法廷での陳述は、最初に彼らが大言壮語していたような大東亜戦争の大義を世界に向かって顕かにするというようなものでは全くなかった。簡単に言えば、東条英機も含めて全ての被告人がやったことは、それは自分の責任ではない、自分には権限はなかった等々の卑怯きわまる責任回避の逃げ口上であり、それは組織の中では仕方なかったとか、当時の状況下ではやむを得なかった云々の官僚機構の論理への逃げ込みの弁明に終始しただけであった。潔く自分の責任を認めた上で、堂々と死刑を覚悟しつつ、反省を含めて大日本帝国の理想を弁論し、日本の将来のために犠牲になろうとした形跡は何処にもない。極刑を免れるべく犯罪責任を他に転嫁して自己正当化の詭弁に汲々とする醜い姿。

b0018539_1722555.jpgこれは丸山真男の『軍国支配者の精神形態』に描かれているとおりで、どこまでも矮小で卑劣で、同情したり共感できる余地が寸毫もない。それは東京裁判が開廷した当時からそうであり、自決もせぬまま「生きて虜囚の」恥を晒し、ひたすら責任回避の弁明に明け暮れる旧陸軍最高幹部たちに対して、終戦直後の日本国民は軽蔑の眼差を送りこそすれ、助命を嘆願してマッカーサーの司令部に詰め寄る気配は微塵もなかった。軍国支配者たちは終戦の前から国民の支持を失っていたのであり、疫病神のように呪われる存在になっていた。国民が1938年の国家総動員法以来の戦時耐乏生活の窮屈を我慢していたのは、大日本帝国と大東亜共栄圏の理念を信仰してではなく、全体主義の恐怖政治と監視体制の中で個人として他に生きる方途がなかったからである。戦犯たちの名誉という話が最近の靖国問題の議論の中で屡々言われるが、戦犯たちが個人の名誉を守る方法は、真面目に考えてみれば幾らでもあった。

b0018539_17284415.jpg杉山元の選択が一つであり、罪を認めて名を残す道がもう一つである。弁護側の証拠が採用されなかった云々は言い訳にはならない。無罪になろうとして足掻く方が間違っている。結局のところ、六十年後の右翼でさえ、東京裁判否定論を言うときに材料として掲示することができるのは、パール判事の日本無罪論が関の山であり、実際の審理や尋問の中で右翼の主張を補強できるエピソードは何もないのだ。そのことは、被告人の軍国支配者たちが如何に最期まで自分の保身だけを考え、国民全体のことや将来の日本のことを考えていなかったかを意味し、理念や哲学や精神のない、組織遊泳術のみに長けた低俗な軍国官僚であったかを物語っている。陸軍士官学校卒のエリートたちが、武士の精神を喪失したペーパーテストだけの点取り虫官吏であった問題については、陸軍戦車隊の少尉として宇都宮で終戦を迎えた司馬遼太郎が生前に繰り返し語っていたことでもある。思うに東条英機たちは単に昭和天皇を守ろうとしただけなのだろう。それは必要のないことであり、後から歴史を見ても無意味で滑稽な努力であっただけなのだが。
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by thessalonike | 2005-06-01 23:30 | 東京裁判 ・ 南京事件 (10)   INDEX  
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