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「平和に対する罪」 の法理を欠けば真実の解明は不可能だった
b0018539_12193724.jpg講談社刊の『東京裁判』上下巻をほぼ読み終わったところで感想を書き述べるが、やはり東京裁判と南京大虐殺の二つが密接不可分な関係の問題であることをあらためて痛切に考えさせられる。今回、森岡問題が起きた際に中国外交部の孔泉報道官が東京裁判の歴史的意義について若干触れ、その中で絞首刑七名の殆どが中国への侵略戦争の責任を問われたA級戦犯であった点が強調されていたのだが、なるほど確かにそのとおりであり、中国政府にとって東京裁判の意味がきわめて重大である理由がよく分かる。死刑判決を受けた戦犯七名の中で日中戦争に関係なかった者は一人もいない。軍人ではない文官の広田弘毅が異例の極刑に処せられたのも、南京大虐殺事件の当時の外相でありながら、大虐殺の報告を受けつつ、それを制止する措置を怠った不作為の責任が問われたことによる。松井石根と広田弘毅の死刑は、まさに南京大虐殺の責任を取らされたものであった。



b0018539_1219935.jpg南京大虐殺の時の首相は近衛文麿である。近衛文麿はGHQによる逮捕直前に服毒自殺したため訴追を免れたのだが、市ヶ谷法廷に引き出される身になっていれば間違いなく死刑判決を受けただろう。印象としては広田弘毅は近衛文麿の身代わりにされた感がある。南京大虐殺の真実を訴える生々しい証言の山は、判事団をして身の毛もよだつ地獄の世界を追体験させるものであり、人が人に行う犯罪行為としてあまりに残酷で凄絶で悲惨であり、この件の責任追及においては、遂に文官たる広田弘毅への断罪に踏み込まざるを得ないほど大きな衝撃であったに違いない。広田弘毅の死刑に対しては判事団のうちオランダ代表のローリング判事が反対意見を述べている。多数の側もこのジャッジに躊躇はあっただろう。広田弘毅は外相であり、侵略軍を指揮していたわけではない。敢えて広田死刑の絶境に踏み込んだのは、実に後世の政治家に対する警告の発信の意味に尽きる。

b0018539_12195317.jpg死刑になった戦犯七名の罪状(訴因)をよく見ると、実際のところは捕虜虐待や民間人虐殺に関わるものが多い。この点は今回の読書で初めて知った点であり、今までは何が絞首刑と終身禁固刑を分けたのかよく知らなかった。具体的に挙げれば、武藤章はフィリピン方面軍の参謀長としてフィリピンでの一般住民に対する拷問と虐殺(住民被害九万人)の責任者として断罪されている。また木村兵太郎はビルマ方面軍司令官として泰緬鉄道建設の際の捕虜虐使事件(死者数万人)の責任を問われて死刑、板垣征四郎も満州事変時の謀略以上にシンガポール方面軍司令官としての捕虜虐待責任が重く問われて死刑になっている。土肥原賢二の有罪根拠も訴因54の戦争法規違反で、これは満州と華北での住民虐殺やアヘン政策に関わるものだろう。中国が最も憎悪した悪魔が土肥原賢二と板垣征四郎の二人だったと言われているが、『東京裁判』上下巻にはその辺の詳しい情報が載っていない。

b0018539_12201176.jpg東京裁判では「平和に対する罪」「人道に対する罪」の事後法の適用が必ず問題にされる。だが印象を言えば、東条英機以外は通常の戦争犯罪(俘虜虐待と住民虐殺)がむしろ重く問われている。またたとえ各個人が虐殺行為の実行犯でなかったとしても、犯行組織機関の最高責任者として軍事裁判で不作為の責任を問うて厳罰に処するのは十分可能なのではないか。例が適当かどうか自信がないが、懼く今度のJR尼崎駅列車事故についても、単に会社としてJR西日本が民事裁判で被害者遺族に対する損害賠償責任を問われるだけでなく、経営者個人が労務管理上の過失責任等の刑事責任を問われ、起訴されて有罪判決を受けることになるだろう。そうでなければ被害者の気持ちはおさまらないし、我々の気持ちも同じである。仮に労務管理上の責任と言うならば、運転士を直接指導管理した担当部署の上司ではなく、システムとしてJR西日本の安全運転を阻害した経営者の責任が問われるのは当然だ。

b0018539_12205894.jpg「平和に対する罪」は、犯罪を裁く目的のためと言うよりも、むしろ真実を明らかにするための法理として援用された印象が強い。この罪の適用があったからこそ満州事変の真相解明が可能だったのであり、また日米開戦の真相が明らかにされたのである。戦争(いわゆる十五年戦争)の真実を浮かび上がらせるためには、全体に投網をかけて証言と証拠を収集する強制力の法的根拠が必要だったのであり、その役割を果たしたのが「平和に対する罪」である。この法理の援用がなければ、戦争の全貌を暴き出すのは不可能であり、東京裁判は南京大虐殺や泰緬鉄道捕虜虐使やパターン死の行軍などの個別虐殺事件を虫瞰的に追及して、直接の加害者だけを何百人か何千人か裁いて終わりになったと思われる。軍閥の最高責任者は追及を免れ、下の者に責任を押しつけて悠々生き延びただろう。結論から言えば、やはり「平和に対する罪」と「人道に対する罪」の適用は妥当である。これが無ければ日本の戦争の真実は明らかにならなかった。
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by thessalonike | 2005-06-02 23:30 | 東京裁判 ・ 南京事件 (10)   INDEX  
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