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読売新聞の旋回 - A級戦犯分祀論と国立追悼施設策の再浮上
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首相の靖国参拝を巡っては、以前から「問題解決」の方法としてのA級戦犯分祀論がある。だが、現在の靖国神社は、一宗教法人だ。政治が「分祀」せよと圧力をかけることは、それ自体、憲法の政教分離原則に反することになろう。「分祀」するかどうか、あるいは「分祀」できるかできないかなど、祭祀の内容を解釈するのは、一宗教法人としての靖国神社の自由である。ただ、国内にはさまざまな宗教・宗派があり、現実に、宗教上の理由からの靖国参拝反対論も多い。靖国神社が、神道の教義上「分祀」は不可能と言うのであれば、「問題解決」には、やはり、無宗教の国立追悼施設を建立するしかない。小泉内閣の誕生した2001年、福田官房長官の私的懇談会が、戦没者の追悼のあり方について検討を進め、翌年には国立、無宗教の追悼・平和祈念施設の建設を提言する報告書をまとめている。どのような施設にするのか、どう追悼するのかといった点で、報告書は具体性に乏しい面もあるが、早急にその内容を詰め、新しい追悼施設の建立に着手すべきだろう。  (6月4日 読売社説)




読売新聞の旋回 - A級戦犯分祀論と国立追悼施設策の再浮上_b0018539_1417664.jpg靖国参拝推進派の急先鋒で世論を主導してきた読売新聞が、一転して分祀論=国立追悼施設論に急旋回した。主筆の渡辺恒雄によるものであり、渡辺恒雄は5日のTBS『時事放談』に長年の盟友である中曽根康弘と並んで出演、分祀論=国立追悼施設論を持論の如く宣述した。これは中曽根康弘が渡辺恒雄に協力を依頼したものと見るべきだろうが、オポチュニスムという意味では、共産党から保守に転向した思想経歴を持つ渡辺恒雄にとってみれば、この程度の旋回はごく軽微な問題なのに違いない。あるいは同じ旧盟友の梅原猛から中曽根康弘に対して何らか説得があったのかも知れない。三人ともさほど長い余生ではなく、晩節を汚さぬよう心掛けねばならぬ事情は同じである。梅原猛はその点で見事に成功した。梅原猛も思想的には巨大な転向経歴の持ち主のはずだが、今回の「九条の会」は歴史に美名を残すという点で華麗な美技と言える。先見眼を持った男であり、時代を正確に見通している。

読売新聞の旋回 - A級戦犯分祀論と国立追悼施設策の再浮上_b0018539_14241064.jpg渡辺恒雄について言えば、靖国論議の機に乗じて念願の球界復帰に巧く利用したということだろう。昨年の明大一場に対する不正金授与問題と系列局株式不正保有疑惑で公職から身を退いて謹慎していたのが、この靖国問題での大勲位の変節政局に便乗して再び一線に復帰することになった。靖国問題で世論に媚を売って昨年の不祥事を忘れてもらおうという算段である。どこまでも厚かましく図々しい。が、中曽根康弘と渡辺恒雄のオポチュニズムはすぐに効果をあらわしたようで、5日のフジテレビ『報道2001』に出演した高村正彦は、目の前に着座している靖国神社前宮司の湯澤貞に対して、婉曲的な表現ながらも厳しい視線を投げてA級戦犯分祀の自主的決断を迫っていた。先週の中川秀直に続いて、これでA級戦犯自主的分祀論は永田町の空気を支配したも同然であり、靖国神社が分祀を拒否するから無宗教の国立追悼施設を作らざるを得ないという流れが浮上して、一気に主流の政論になった観がある。

読売新聞の旋回 - A級戦犯分祀論と国立追悼施設策の再浮上_b0018539_14484374.jpg公明党を中心とする新国立追悼施設建立派は、20日の日韓首脳会談までにこの流れで外務省を固めるべく攻勢をかけるだろうし、与野党入り乱れて紛糾している郵政民営化法案の処理でキャスティングボードを握った場合は、事態収拾にこの問題を絡める方向で動いて来るだろう。公明党にとっては郵政問題などより靖国問題の方がはるかに重要で、支持母体の創価学会が固唾をのんで見守っている。新国立追悼施設調査費の来年度予算化は譲れない線であり、8月末までにこの方向で決着させようとするだろう。潜行を余儀なくさせられていた靖国オルタナティブが勢いよく復活しつつある。ところで靖国神社側の例の分祀不可能論だが、そもそも神道には教義などはなく、神道は融通無碍と変幻自在を思想的本質とするものである。だから仏教とも簡単に融合して神仏混淆が日本の思想となった。神社建築にせよ、祭儀体系にせよ、仏教やら儒教やらの輸入文化を接着混入させて形式が出来上がったものである。

読売新聞の旋回 - A級戦犯分祀論と国立追悼施設策の再浮上_b0018539_1565441.jpg神道には絶対的な教義などなく、人為の及ばぬ宗教形式などない。この点は司馬遼太郎が生前に何度も強調していた。況や一三○年の歴史しかない国家神道(靖国神社)に於いてをやである。靖国は伝統的な宗教である神道ですらなく、明治国家が国民を統合する装置として誂えた近代のイデオロギー・システムである。日本国憲法下の一宗教法人である靖国神社が分祀の定義と観念をチェンジすれば事足りる話であろう。蝋燭の火のレトリックで分祀不可能論を説明する言説は政治的な詐術であり、遠くない将来、分祀に追い込まれた時に靖国はこのレトリックを撤回せざるを得なくなるだろう。合祀の祭儀があるのだから分祀の祭儀も適宜作ればいい。物理的には単に名簿を取り出すだけだ。国連安保理の問題は年内の政治課題であり、日本の都合で時期を先延ばしすることはできない。タイミングとしては8月15日までに政府として態度決定をしなけれはならず、小泉首相が二者択一をして世界に意思表明しなければならない。

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by thessalonike | 2005-06-06 23:44 | 靖国問題 (10)
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