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野田聖子の一言 - 国民と政治家と利害代表についての雑感
b0018539_12354324.jpg前回の稿で触れた城内実の造反茶番劇はとんでもないヤラセ芝居だった。昨夜6日夜に放送されたNHKの『クローズアップ現代』にその全てが映し出されていたが、芝居は城内実の自作自演ではなく、実際には安倍晋三がシナリオを書いて、二人で二日間かけて熱演した政治ショーだった。人を馬鹿にした話だ。一昨日夜に『報道ステーション』でこの一件が紹介されたとき、私はてっきりテレビ朝日のカメラマンが議場で偶然に城内実の異様な姿を捉えてそれを撮影したのだと思っていたのだが、それはまるっきり嘘で、予め安倍晋三がテレビ朝日他の全テレビ局に指示を出して城内実を撮らせていたものだった。初めから仕組まれた芝居だったのである。城内実の造反芝居は一昨日の『報道ステーション』だけでなく、昨日の各民放局のワイドショー番組でも横並びで放送されていて、安倍晋三が各民放局に手を回していたことが覗い知れる。NHKの『クローズアップ現代』はその中でも最も念入りなもので、採決前日に安倍晋三が城内実を国会内の部屋に連れ込んで説得する場面をNHKの番組スタッフが撮るという凄まじいヤラセぶりだった。



b0018539_1236728.jpg安倍晋三は日本のテレビ局を完全に支配している。何でもやり放題で、自分の見せたい映像を好きなときに好きなように作って視聴者に見せている。安倍晋三から電話が一本入れば、テレビ局の報道部長は喜んで尻尾を振って安倍晋三のためにカメラクルーを派遣して、ヤラセ政治のニュースクリップを撮影し、ニュース番組やワイドショーでそれを放送するのである。戦慄し驚愕する実態だが、これが現在の日本の政治の姿である。安倍晋三と日本のテレビ局との関係は、金正日と朝鮮中央テレビの関係と変わらない。今回の茶番劇を企画制作した安倍晋三の目的は、直参である城内実の売り出しであり、党内にすでに自分の子分を持っているぞという権力者としてのデモンストレーションだったと言える。票読みは万全だから森派から一人くらいは造反者を出してもいいやという余裕のアピールの側面もあったかも知れない。造反者があと三名出ていれば安倍晋三のテレビ政治も大変な火傷になっていた。城内実は安倍直参として顔を売り、有名人の仲間入りを果たしたが、あざとく胡散臭い男だという印象も決定的なものにした。

b0018539_12423685.jpgそれにしても政治は常にドラマである。今回の郵政民営化法案採決劇は政治のドラマ性というものをよく感じさせられた。それともう一つ考えさせられた問題として、政治は誰がやるのか、誰がやっているのかという問題がある。採決後に野田聖子が言った「たとえ党の方針でも投票していただいた国民の方を不幸にする選択はできなかった」の一言が心の中にずっしりと残って容易に離れない。ひさしぶりに聞く政治家の言葉であり、この言葉についてあれこれ考えさせられた。野田聖子が言っている「投票してくれた国民」というのは、この場合、郵便局で仕事している人たちとか、過疎地の郵便局を生活インフラとして利用している地域住民のことを指す。決してプレーンな国民一般ではない。極端に言えば採決の前日に国会前に詰めかけて綿貫民輔らを応援していた圧力団体の面々のことだと言っていい。昔は経済的な利害を持った圧力団体が自民党本部とかに詰めかけて陳情する風景がよく見られた。来年度予算の原案を作る八月頃の季節の風物詩だった。典型的だったのは米価で、毎年のように農協団体と自民党との間で折衝があった。

b0018539_12364263.jpg最近はそういう風景がすっかり消え、また、そのような圧力団体の存在自体が悪として否定され、圧力団体の陳情で政治が左右されることそのものがエゴとして排斥されている。そして国民は昔のような多種多様な経済利害を持った職域組織や共同体に所属する存在ではなく、何か平べったい国民一般の存在になってしまった感がある。そして政治家は、地域や職域の人々の要求を聞いて政策や予算に反映させる利害代表者ではなくなり、テレビに出演する政治家たちの話は評論家やタレントたちと変わらなくなっている。『TVタックル』に出てくる民主党の安住淳とか原口一博とか自民党の山本太一とかは全くのテレビタレントだ。テレビに出たがる最近の若い政治家たちには、彼らの後ろにいるはずの一票入れた有権者の顔が見えない。あの連中に一票を託した人々の顔が見えない。のっぺらぼうなのである。彼らはきっと日頃有権者と膝を交えて話をするということはやっていないのだろうし、地域住民の陳情を受け付けるのは国政を担当する政治家の仕事ではないと思っているのだろう。その主張は現在の日本では正義正論である。

b0018539_12365565.jpg国民の一票にもいろいろな一票がある。野田聖子が言った一票は切実な一票であり、家族の生活を失うまいとする懸命な一票だ。そして本当は多くの国民が、この地獄のような不況リストラ禍の経済世界の中で切実な生活利害を持って生きているはずである。消費税や所得税だけが利害や関心の全てであるわけではない。野田聖子の言葉にはハッとさせられた。そして昔の自民党政治家を彷彿させる言葉を堂々と言った野田聖子に好感を持った。国民経済の中には多種多様な産業構造があり、そこには従業者とその家族がいて生活利害がある。原口一博や安住淳が国民全体の利害を代表し代弁しているというのはフィクションだ。顔のない国民一般などいない。地域差もある。十五年前の「政治改革」は本当に酷い政治世界を作り上げてしまった。今の日本の政治は、『TVタックル』や『サンデープロジェクト』や『報道2001』がやっている。テレビタレントが政治を牛耳っている。「政治改革」の時代には利害のバックを持たない政治家が本来の政治家のように見えたが、今はそうは思わない。野田聖子のような政治家がもっと多くいてよいと思う。

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by thessalonike | 2005-07-07 23:30 | 郵政政局 ・ ポスト小泉 (10)   INDEX  
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