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靖国神社の性格規定 - 反戦後民主主義・反日本国憲法の象徴
b0018539_11463196.jpgブログで前にも論じた問題だが、朝日新聞の中で靖国神社に対する性格づけをめぐって見方が揺れている。靖国神社とは何かという定義のところで内部に動揺と混乱があり、それが社説の主張のぶれとなって現れている。あるときは靖国神社は日本の首相が戦没者を弔う場所として相応しくないと言い、外国から非難される以前にそもそも参拝は不当だから中止せよと訴え、またあるときは首相の靖国参拝を日本の軍国主義復活だなどと短絡させるのは間違いだと韓国に抗議したりしている。朝日新聞の靖国神社観が定まっていないと不審に思う読者は多いだろう。韓国に対して苦言を呈した後者の側の立場(6月21日)は、従来の朝日新聞とは異なってかなり右寄りの姿勢を示している。朝日新聞の中に二つの見解があり、従来の社是と路線を守ろうとする立場と現在の政治的趨勢に妥協しようとする立場で葛藤があるのである。朝日新聞の中で靖国神社観が定立していない。靖国神社に対する概念規定のところで内部論争がある。



b0018539_11465189.jpg朝日新聞の靖国神社観を曖昧にさせている要因は、政治的な立場の対立の反映という単純な問題もあるに違いないけれど、それ以上に、戦後の靖国神社をどう性格規定するかという理論的な問題が整理できていないところに由来しているように思われる。朝日新聞において「靖国神社とは何か」が一言で明確に了解されていないのである。それは具体的に言えば、「軍国主義」と「靖国神社」の関連づけにおいて迷いがあるということだろう。靖国神社が戦前の日本において軍国主義の象徴であった事実は誰も否定できない。が、現在の靖国神社を軍国主義の象徴と言えるのかどうか。戦前の靖国神社は陸海軍が管轄する官営神社で、それは国民を侵略戦争に動員する役割を果たした。だが、現在の靖国神社は法的には宗教法人法で地位を認められた一宗教法人であり、したがって現在の靖国神社を「軍国主義の象徴」であると性格規定するのは無理がある。それは過去の時代の話であり、現在の日本には軍国主義はない。

b0018539_1157772.jpgこういう論理が説得的に朝日新聞社を蔽い、靖国神社について何事かを語ろうとする論説委員たちの頭を拘束しているのではないか。戦後の宗教法人法に基づく一宗教法人という法的立場が靖国神社の政治的真実を隠蔽し、また「軍国主義」という言葉の持つ歴史性(=非現在性)の表象が靖国神社に対する非難を退けるべく機能するのである。現在の靖国神社を「軍国主義の象徴」であると性格規定できず、そして日本国憲法の「信教の自由」によって地位を保証された宗教法人であるとするならば、その宗教法人への首相参拝を否定する論理は、ようやく「政教分離の原則」の司法的論理を持ってくる以外にない。そしてその「政教分離」論の批判論理は、姑息な「公人私人」論によって反撃を受け、また参拝決行の既成事実の積み重ねが司法的論理を無力化させる政治的結果を導き出している。既成事実で一方的に押し切られて、事実上参拝側の自己制約論理となっていた「公人私人」論さえ、現在では無用のものになりつつある。

b0018539_11471655.jpg靖国神社に対する批判的観点を定立する概念作業で苦心している朝日新聞のために、若干の助言を試みよう。靖国神社を批判する視角は「軍国主義の象徴」からは有効に導出されない。それは常に「戦前の日本の」という枕詞が歴史的条件として付随されて過去の性格規定になる。いつまで昔の話をしているのだという反論の前に無力化される。靖国神社が「軍国主義の象徴」であったのは過去の話で、現在はそうではないのだから、中国や韓国からの非難も不当であり、首相参拝も問題ないのだという論理的正当化が媒介されてゆく。戦前の「軍国主義の象徴」を強調する批判論理は、逆に戦後の「宗教法人靖国神社」を正当化する方向に機能する。戦後の靖国神社の政治的本質を見失わせる結果に導くのだ。すなわち戦後の靖国神社を正しく性格規定する言葉(概念)を発見しなければならない。戦後の靖国神社の政治的実体を正しい言葉で定義しなくてはならない。そこでは「軍国主義」のタームは回避する必要がある。

b0018539_11475588.jpg「軍国主義の象徴」が過去のものであるとするならば、別の言葉で戦後の靖国神社を性格規定しなければならない。結論を一言で言うならば、戦後の靖国神社、すなわち現在の靖国神社は「反戦後民主主義の象徴」なのだ。「反戦後民主主義の象徴」であり、「反日本国憲法の象徴」である。それが反日本国憲法の思想的象徴だから憲法を否定する政治家たちがそこへ参拝するのであり、その復権を図ろうとするのである。日本国憲法と靖国神社は原理的に相容れない。不倶戴天の敵である。皇室も自衛隊も日本国憲法と妥協を試みて戦後日本社会にマイルドに定着したが、靖国神社だけは最後まで妥協せずに戦後民主主義の異端的象徴として反逆を続けた。六十年前の敗戦によって異端となった過去の「軍国主義の象徴」が、六十年間、「反戦後民主主義の象徴」として戦後日本で生き続けて、今まさに異端から正統の地位に復権を果たそうとしているのである。朝日新聞が靖国神社を批判しようとするのなら、戦後民主主義の立場に正しく立つ以外にない。そこを曖昧にすると首相の靖国参拝を批判する視座を失う。
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by thessalonike | 2005-07-21 23:30 | 靖国問題 (10)   INDEX  
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