人気ブログランキング |
靖国参拝の意味と目的 - 平和外交路線の破棄と転換の宣告
b0018539_1253767.jpg小泉首相の靖国参拝についてそれを批判する議論は、いわゆる国益侵害論の視角からのものが多い。日本国の首相が靖国神社へ参拝すると中国や韓国の人たちの感情を害して怒りと反発を買う。それは中国や韓国で商売している日本企業の経営を直撃し、経済関係を著しく損なう。だから靖国参拝は慎重にした方がいい。こういう論理である。読売・朝日・日経を含めた現在のマスコミの一般的論調であり、世論の大勢となっているものであり、参拝反対論の代表的なスタンスである。参拝の中身そのものは問わずに、中国と韓国が反発するからよくない、近隣諸国との関係を侵害するからよくない、無用に波風を立てるからよくないという議論である。中国や韓国が反発しなければ別にかまわないのだ。つまるところ反対論を多数世論にするためには、ここまで譲歩と妥協をしなければならなくなったという事であり、靖国参拝そのものを批判する議論と立場が国内で勢力を失っている政治的現実が示されている。朝日新聞は操作的な世論調査を使って靖国神社を「戦死者を追悼する場所」であるとさえ言い始めている。



b0018539_12535619.jpg前回の稿で、靖国神社の性格づけに際しては、それを「反戦後民主主義の象徴」と概念規定すれば正確な認識を得られるという議論を提出した。靖国神社の政治的性格は明瞭であり、それは極端に右翼反動的な性格であり、日本国憲法の理念と精神を真っ向から否定するものである。日中戦争を「侵略戦争ではない」と主張して、その意義を全面的に肯定する政治的存在である。「右翼反動」が少数から多数になっているからマスコミはその真実を衝けない。日本国憲法と戦後民主主義が少数で異端の立場になり、反戦後民主主義と反日本国憲法の立場が多数派になっているから、マスコミは「右翼反動」の側に妥協し追従する。安倍晋三や石原慎太郎や三宅久之が正論であるとする。靖国参拝は、戦後民主主義の体制を破壊する象徴的な政治行為なのだ。戦後民主主義の原理を否定する象徴行為なのである。不戦を誓った日本国憲法を無視冒涜する演出儀式なのであり、日本国の首相が参拝するということは、韓国と中国の国民に対して、村山談話と日中共同声明の破棄を宣告しているのである。

b0018539_1254996.jpg靖国参拝は村山談話と日中共同声明の「解釈改憲」である。この二つは死文化させてもらうという政権の意思を靖国参拝の象徴行為によって中国と韓国に表明しているのだ。95年の村山談話と72年の日中共同声明、この二つは日本国憲法の体制下で具体化させた日本の外交資産である。95年の村山談話は、特に日韓関係の基本法としての意義と性格を持つ。単に侵略戦争だけにとどまらず植民地支配を謝罪し反省した点が重い。だから、対韓基本法としての村山談話、対中基本法としての日中共同声明、この二つは、教育現場における教育基本法、同じく労働現場における労働基準法と同じなのである。基本法なのだ。日本国憲法が戦後日本の教育のあり方について具体的に定めたものが教育基本法であり、日本国憲法が新しい日本の労使関係を定めたものが労働基準法である。この二つの基本法の中には日本国憲法の精神がそのまま生きていて、国家と企業の奴隷であった戦前日本の日本人の生き方を否定している。市民社会の理想を戦後日本に実現させるべく法を定め、国民の権利を守っている。

b0018539_12533296.jpg日本国憲法が外交において初めて本格的に自己を実現したものが、対中関係の基本法である72年の日中共同声明である。日本国憲法の前文も格調高く素晴らしいが、日中共同声明の前文も感動的で素晴らしい。何度読んでもいいなあと思わされる。「日中両国は一衣帯水」。この文案は大平正芳が起草したのだろうか。文学的である。官僚ではなく政治家の筆によるものであることが分かる。村山談話の方は文章に感動を覚える点はないのだが、日本国憲法が五十年かけてようやく日韓関係に対して自己の影響を及ぼすに至った苦労のようなものが窺い取れる。日本国憲法が年をとったことが素直に告白されているように文面から聞こえる。日本国憲法体制下の平和外交がようやくここまで来たのだ。二つの基本法は戦後外交の宝である。その基本法を小泉首相は四年がかりで白紙化してきたのであり、その手段が靖国参拝だったのである。外交協約だから国内法のようには改正はできない。だから事実上の改正を容認せよと迫り続けた。それが例の靖国参拝は不戦の誓いだという(詭弁の)主張である。

b0018539_12542185.jpg靖国参拝は戦後民主主義の原理の下で構築してきた近隣諸国との外交関係の破壊である。戦後民主主義の外側の体制の破壊だ。内側はほぼ完全に破壊しつくして、後は憲法を明文改正するだけになった。四年前の小泉首相の靖国参拝は、本人の自民党総裁選の公約履行の側面が大きかったと思うが、その後の毎年の靖国参拝は明らかに性格が変わって、外交上の政治目的が露骨になったように思われる。日本のレジームチェンジ、国家体制の原理転換を象徴宣告する意味のものに変わった。日中共同声明と村山談話は紙の上では存在しているが実体はもう消滅したのだよという意味の通告である。日本国憲法の原理下での日本外交はもう終焉したのだ、これからは大日本帝国の時代の対韓関係と対中関係に復古するのだと言っているのである。日本を「普通の国」にして自衛隊を憲法9条の制限から解放したいアーミテージがそれを積極的に支援した。靖国神社参拝の目的は、村山談話と日中共同声明の空文化である。日本国憲法と平和主義外交が半世紀間かけて構築してきた外交資産の破壊である。
b0018539_1257553.jpg

by thessalonike | 2005-07-22 23:30 | 靖国問題 (10)   INDEX  
<< 「直球勝負」の欺瞞 - 清原和... Indexに戻る 靖国神社の性格規定 - 反戦後... >>