「構造改革」の言葉の意味変容 - 社会主義から新自由主義へ
b0018539_11432824.jpg構造改革という言葉は、昔は社会主義者の中で体制内改革の立場や路線を言うときの言葉だった。資本主義を社会主義に変えるに際して、それを革命で達成するか構改で実現するかという選択と対立があり、二派の間で熾烈な論争と勢力争いがあったのである。1950年代から60年代の頃だろうか。ヨーロッパでは構造改革は何と言ってもイタリア共産党が代表していて、特にその指導者であったトリアッティの名前が浮かぶ。一党独裁の共産党が強権的に経済を管理支配するのではなく、資本主義の体制の枠内で構造を改革して漸次的に社会主義に移行する。そういう考え方であり、思想的原点はグラムシに遡る。レーニンとグラムシの革命戦略の路線対立を起点とするヨーロッパのマルクス主義の二大潮流。『帝国』の著者であるアントニオ・ネグリはこの構造改革主義の理論的伝統、すなわちグラムシの嫡流であるはずで、現在のヨーロッパのマルクス主義思想の主流に位置する。



b0018539_11431515.jpgというようなお話を、立派なブログやHPを設えておられる政治学者のお歴々に、この総選挙の機会に、一言でもよいから有権者に講義して欲しいのだが、海外出張でお忙しいのか、そんな知識を下々の国民に披露する暇はないようである。二十代の若い人とか、三十代前半の人はこんな話はきっと初耳だろう。だからそういう若い人向けに簡単にレクチャーするなら、社会主義の思想には三つの立場があって、一つは穏健な社会民主主義、二つ目が構造改革主義、三つ目がマルクス・レーニン主義の路線ということになる。この三つの潮流は変則的ながら日本でも存在して、第三の立場が正統を誇った日本共産党であり、社会民主主義と構造改革は錯綜しつつ社会党右派や共産党内の反主流派が担っていた。日本の構造改革主義の代表的論者を上げるとすれば、現在民主党左派の幹部である江田五月の父親の江田三郎だったのではないかと私は思うが、それでいいだろうか。

b0018539_11434355.jpgここまでのところで私の整理に間違いがあれば、遠慮なくご指摘を賜りたい。で、折角ここまで話をしてきたのでさらに続けてしまうが、上の三つの社会主義の路線の右側に、ケインズ的な公共福祉経済主義の路線があって、従来はこの政治的立場をリベラルと呼んでいた。代表的な理論家のイメージとしては、米国民主党の大御所であるガルブレイスの名が浮かぶ。英国労働党の政治的立場もここに立脚する。日本で言えば、嘗ての宮沢喜一とか加藤紘一とかだろうか。武村正義はリベラルの中でもさらに左寄りで、社会民主主義(村山富市)に近かった。そしてそのケインズ主義の右側に新自由主義の路線がある。大雑把にそういう配置図式で理解してよいと思うが、現在の政治は、世界も日本も、他の理論的立場が全滅して、新自由主義一色になり、新自由主義の中でその純粋度を競い合う時代になった。共産主義の中で毛沢東の過激路線と劉少奇の穏健路線が争っているようなものだ。

b0018539_11435639.jpg体制としての新自由主義の「一党独裁」は揺ぎない。なぜか結党の理念はそれとは一八〇度原理的対極にあるはずの公明党までが、現在は新自由主義の路線を掲げ、最も過激で極端な竹中平蔵の市場原理主義の二極分化政策を支持して推進している。唖然とする。真面目に理論で政治を考えて整理しようとすると本当に混乱する。その典型例と言うか、悪例の最たるものが公明党だ。公明党は、本来、あまり経済学の言葉で説明する理論的伝統は持ってなくて、その伝統なり本質は、日本政治思想史の言葉で語られるべきものと思われるが、ともかく十年前まではケインズ的な公共福祉主義の路線を強烈に堅持していた。経済政策は宮沢喜一より左の「大きな政府」の代表だったと言っていいだろう。何にでも変わる鵺のような政党なのである。公明党には哲学があるようで本当は無い。権力が欲しいだけだ。そう言われても仕方がない。その昔は日米安保条約にさえ反対の立場だった。

b0018539_11441866.jpg小泉構造改革の問題について論じようとしたのだが、構造改革という言葉の前で立ち止まって、つい前置きが長くなった。前置きがどうしても必要なのである。構造改革の話をするときは、この構造改革という言葉の歴史について触れないわけにはいかない。言葉の意味、つまり概念がどんどん変わっているわけだ。時代の流れの中で意味変容が起きているのである。そこに注意を向けないわけにはいかない。構造改革という言葉は歴史の中で一貫してプラスシンボルの言葉だった。常に人々の期待と支持を集めてきた言葉だったのである。そのプラスシンボルを、嘗ての社会主義者ではなく、新自由主義者が奪い取って独占しているのである。そして嘗てはまさに平等で理想的な公共福祉社会の黄金郷を目指していたはずの言葉が、今は既存の福祉制度を根底から破壊して市民社会を奴隷社会に変える政策概念になっているのである。その逆説と倒錯と魔術の前に、私は呆然とせざるを得ないのだ。

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参考 。後で検索エンジンをかき回しているうちに一つ発見。44年前の論文ということで。 ^^;
 
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by thessalonike | 2005-09-01 23:30 | 郵政民営化 ・ 総選挙 Ⅱ (15)   INDEX  
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