韓国映画『スキャンダル』(2) - 李朝の風紀紊乱と反モラル
b0018539_948999.jpg『スキャンダル』はR-18指定の成人映画で、中身も冒頭からエロティックな愛欲シーンが連続するが、決して単なるエロ映画ではない。それはネットの中にある寸評を見ても分かるとおりで、観客は作品の発する真摯なメッセージを受けて愛の普遍的な意味を考えさせられる。遊び目的、ゲーム目的の誑(たぶら)かしの愛が、いつしか身を焦がし身を滅ぼす真実の愛に転化する。偽りの愛を見抜いて拒絶していた女が、虚実半ばでそれを受け入れ、そして裏切られて傷つき、最後は「天国で人目を憚ることなく夫婦になる」生き方を選ぶ。二人は身を破滅させることで永遠に固く結ばれる。愛を快楽の手段としていた者、愛から身を遠ざけていた者、その二人の男女が最後は愛に生を支配される。愛は身を滅ぼすほどに重く、人を支配するものだというメッセージに感動させられる。



b0018539_955951.jpg普通の男はあれほど多く女遊びをしていない。また普通の女はあれほど男を拒絶した潔癖な生き方をしていない。皆、その中途半端なところで生きている。したがって男はチョ・ウォンの内面の変化を経験から想像することができないし、女はヒヨンの貞節の決壊を十分に内在して共感できない。簡単に感情移入できない。できないけれど、普通とは違う二人の愛のかたちを見て、愛の不思議な力を感得し、何か崇高な美しいものを見た気分になるのである。身を破滅させても後悔はないのだ。遊びであったものが生死を賭けるものになる。そして、そこにセックスの契機が入る。観念的な愛ではなく、身体の問題が確実に入っている。十年前の『マディソン郡の橋』の記憶が蘇ってくる。ヒヨンとチョ・ウォンはあのカンファ(江華)島で十日間、時間を忘れて愛し合って過ごすのである。

b0018539_9483383.jpgこの映画の基調を方向づけ、映画のメッセージを台詞と演技で伝えているのは、ペ・ヨンジュンのチョ・ウォンでもチョン・ドヨンのヒヨンでもなく、実はイ・ミスクが演じるチョ夫人である。彼女が物語の進行の要の役割を担っていて、その個性と存在感によって映画が安定したバランスを保っている。チョ夫人の淫猥な陰謀と欲望が登場人物を邪悪な方向へ衝き動かして、ストーリーの展開を前へ押してゆく。チョ夫人はひたすら淫靡で悪魔的なのだが、このときチョ夫人が言いのける背徳の言説は、当時の李朝の体制教義であった朱子学(儒教)のリゴリスティックな貞節主義への反逆でもあるのだ。映画は当然、まず韓国国内でヒットさせなければならない。韓国の観客がこの映画に共感を覚えた部分を想像すると、このチョ夫人のキーメッセージが大きかったように思われてならない。

b0018539_9485099.jpgチョ夫人の過激で卑猥な性自由主義の言説が、きっと韓国(日本のわれわれも同じだが)の人々の内面に心地よく届いて落ちるのである。一般に李朝時代の半島は朱子学思想一色で染め上げられていて、男も女も儒教の厳格な戒律に支配されている。貞潔は女子の最大の徳目であり、淫行は最も忌むべき破戒であった。けれども舞台となっている18世紀の半ばには、王朝は内部から腐敗と停滞の様相を強くし、官僚貴族たる両班は汚職と派閥抗争に終始して社会は生気を失う。朱子学の精神支配も有名無実化して、人心はそこから離れ、人間の欲望をよく統制できなくなっていたに違いない。チョ夫人の大胆で強烈な反モラルの言説は、儒教の貞潔思想の無意味を暴露し嘲弄しているのであり、その暴露が現代の韓国の人々の気分に受け入れられるのに違いない。リゴリズムの強制の内側には必ずデカダンスが蔓延る。性のデカダンス。

b0018539_94988.jpgいわゆる李朝時代の風紀紊乱。チョ夫人はまさにその象徴だが、チョ・ウォンとヒヨンの二人の愛は、体制朱子学が強制する性倫理の虚構も超え、それを嘲弄するチョ夫人の背徳主義も超え、それを突き破っていわば普遍的でヒューマンな姿を見せる。チョ夫人もまた最後は因果応報で破滅へと至り、人の純愛を弄んだ仕打ちを受ける。ここに映画のメッセージがある。映画について少し不満を言うと、せっかく時代劇を用意したのだから、もう少し費用を注いで大がかりに李朝時代を再現して映像化して欲しかった。登場人物も少なく、セットも小じんまりとして、映画と言うよりもテレビドラマを見ている感がする。映画のテーマがスケールを抑制している面もあるが、これからの韓国映画は全て国際映画である。成人指定であれ何であれ、次回は本格的な韓国の時代劇が見たい。

私はリアルな映像で李朝時代の歴史を見たいのだ。  
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by thessalonike | 2004-10-03 23:30 | 『スキャンダル』 (4)   INDEX  
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