韓国映画『スキャンダル』(4) - 李朝文化ルネサンスの予感
b0018539_95615.jpg映画の中で主人公のチョ・ウォンが美人画や風景画を描いているシーンが屡々登場する。文武両道の風雅な貴公子チョ・ウォンは、ある意味で男子の生き方の理想像を示している。私はこの李朝時代の書画の文化について以前から関心を持っていて、どこかで知識を本源的蓄積する機会はないものかと右往左往しているのだが、今までのところ、残念ながらその機会を得ていない。ブログをご覧の方で助言があればぜひお願いしたい。十五年ほど前に、ETVの日曜美術館でソウルの国立中央博物館が紹介されたことがあった。NHKのスタジオで加賀美幸子アナと向き合った館長が実に立派な知識人で、その頃の一般の日本人からは聞かれなくなった美しい知的な日本語で解説されていたのが印象的だった。当時の国立博物館は、あのドームが特徴的な旧朝鮮総督府の建物で、それは1995年から96年にかけての撤去工事によって解体された。



b0018539_9561142.jpg三年前にソウルを訪れた折に、景福宮の中にある国立中央博物館に立ち寄ったが、そのとき新しい大規模な建物が建造中であり、私が入った博物館は仮設の応急のもので、そのせいか展示スペースも想像していたより狭く、展示品もきわめて限定的なものだった記憶がある。三国時代の、特に新羅の遺物の展示が充実していたが、その後の高麗から李朝にかけての展示物が少なく、青磁と白磁はよく並べられていたが、お目当ての李朝時代の書画はほとんど点数が揃えられていなかった。台北の故宮博物院のようなものを期待していただけに非常に残念だった印象がある。朝鮮半島の歴史は俗に三千年、李朝だけでも五百年の歴史がある。小中華たるを誇った儒教王国がかく長く続いていたのだから、文人たちが残した書画文物も膨大な数があって然るべきだ。特に壬辰丁酉倭乱以降の二百五十年間は、基本的に平和な文治支配の時代が続いている。

b0018539_9565120.jpgわれわれは学校の歴史教育によって、あるいはNHKの『故宮』などによって、中国の歴史と文化については多くの知識を持っている。単なる知識だけでなく尊敬の心を持っている。中国の古典はわれわれ日本の古典でもあり、司馬遷や杜甫や李白はわれわれ日本人にとって偉大な文化的先人である。ところが、その同じ文化的な事情と背景を隣国である韓国も共有している事実を日本人は忘れている。古典を同じうする民族である事実を直視する姿勢が十分ではない。簡単に言えば、日本人はあまりに韓国の歴史と文化について知らなさすぎる。文部省の定めた教育課程において知識を与えられていない。韓国の歴史と文化についての教育が省略され過ぎている。そういう反省的な自覚がそろそろ一般的に確立してもよい時期であるように思われる。手元の山川出版社の『朝鮮史』を開いて、李朝後期の書画文化について書かれている部分を見てみよう。

絵画では、中国の画譜を基礎とした従来の山水画のほかに、鄭■(チョンソン)らが朝鮮の自然や風景を写生した真景を独自の技法で描く真景山水画を発展させ、また金弘道(キムホンド)、申潤福(シンユンポク)らは風俗画をさかんに描いた。屏風などに描かれた日常の生活に密着した民画(生活画)も職人によって描かれた。陶芸では白磁のほか、白地に青で山水花鳥草木などの模様を描いた青華白磁があらわれ、書では金正喜(キムジョンヒ、号は秋吏)が秋吏体という独自な書体を生み出した。

(山川出版社 武田幸雄編 『世界各国史(2) 朝鮮史』 P.221)

b0018539_95732.jpgこの本は全体で六百頁のぶ厚い本なのだが、李朝後期の文化については全体で四頁しか触れられておらず、しかも書画については僅かに上の五行だけ。これだけしか書かれていない。さすがに韓国朝鮮の歴史となると内容が多くて、六百頁のボリュームでも個別の領域については驚くほど紙幅が少なく、要約的で簡略的な記述表現になってしまう。これだけでは何も分からない。が、何も分からないのは、単に説明が少ないからだけでなく、こちらに前提の知識なりイメージが何もないからだ。真景山水画というのも知らない。聞いたことがない。画家たちの名前も初めて聞く。絵の表象が全く頭の中にない。青華白磁については何となくイメージが涌いてくる。秋吏体とはどのような書体だろうか。興味深いが悲しいかな知識の前提がない。と言うことで、山川出版社の『朝鮮史』では基本的に用を成さなかった。別の専門書なり図版集を入手する必要がある。

b0018539_9571763.jpg手元にはもう一冊、河出書房新社の『図説・韓国の歴史』(姜徳相・鄭早苗・中山清隆)があるのだが、これを見ても、高麗時代の磁器と李朝前期の朱子学については写真入りで記載されているが、李朝後期の書画や文学については何も書かれていない。落とされている。位置づけが重要視されていないのだ。私は、いずれ李朝時代の書画文化に光が照射される日が来るだろうという予感を持っている。そこは言わば、現状では暗黒大陸のように人の関心を遮蔽されて横たわっている文化的領域であって、必ずこれから世間の注目を浴びて浮上するだろう。誰かがその文芸復興運動(李朝文化ルネサンス)をプロデュースして市場に訴えるに違いない。韓国か、日本か、どちらから先に始まるか分からないが、誰かが仕掛ける。そしてこれは必ず事業としてヒットする。注目を集める。日本各地の美術館で企画展が組まれる。私はそう確信している。
[PR]
by thessalonike | 2004-09-30 23:30 | 『スキャンダル』 (4)   INDEX  
<< 韓国映画『スキャンダル』(3)... Indexに戻る 村上春樹『アフターダーク』 (... >>