『ダ・ヴィンチ・コード』 (3) - 聖婚と聖娼、神婚と斎女
b0018539_1515133.jpgソフィーが目撃した祖父の秘密。ノルマンディーにあるソニエールの別荘で繰り広げられるシオン修道会の謎の性秘儀の情景。この聖婚秘儀の場面は作品全体の中でもきわめて重要な位置を占めていて、ドラマの序盤ですでに暗示されながら、全貌が明らかになるのは下巻に入ってからであり、読者の関心を惹きつけ続けるキー・モメントの役割を果たしている。作品が映画化された場合にも、このシーンは重要なアクセントとなるに違いなく、映画化を前提としている作者ブラウンは、この映像のアイディアに自信を持っている様子が窺える。と言うより、映画化が意識されていることを読者が了解するのは、まさにこのミステリアスで淫靡な性秘儀の場面の描写であり、一読して、忽ち頭の中にハリウッド映画の荒唐無稽な一場面が出来上がってしまうのだ。



男女が交互に並んで輪を作っている。黒、白、黒、白。女たちは美しい薄布のローブをふわりと波打たせ、右手に載せた金色の玉を掲げて声を合わせる。「はじめ、わたしはあなたとともにあり、聖なる曙光に包まれて、黎明にこの胎(はら)からあなたを生み落としたのです」。女たちが球をおろし、全員が忘我の境に浸るがごとく体を前後に揺さぶった。輪の中心にある何かを崇めているらしい。(中略)「あなたが見つめる女は愛そのものです!」女たちは叫び、ふたたび球を掲げる。男たちが応える。「その女は永久(とこしえ)を住みかとします!」

詠唱がもとの調子にもどる。また勢いをます。いまや雷鳴を思わせるほどだ。さらに速まる。全員が輪の内側へ踏みこんで膝を突く。その瞬間、ソフィーは一同が見守っていたものをついに目にした。円の中心に設えられた、装飾を凝らした低い祭壇に、ひとりの男がいるのが見える。全裸で仰向けに横たわり、顔を黒い仮面で覆っている。(中略)白い仮面をつけた全裸の女が、豊かな銀色の髪を背中に垂らして、祖父にまたがっている。完璧にはほど遠い丸丸としたその体を、詠唱に合わせてリズミカルにくねらせながら-祖父と交わっている。 
(下巻 P.109-110)

b0018539_1530421.jpg『ハルナプトラ』とか『インディ・ジョーンズ』の中のワンカットが連想される。このシーンが撮影されたら、短い5秒間くらいの刺激的なカットが予告編の中に瞬間映像として挿入されて使われるだろう。静かな基調のミステリー映画に扇情的なインパクトを添えるプロモーション効果がある。シオン修道会なる秘密結社が本当にこのような儀式を実践しているのかどうか疑わしいが、小説のストーリーの中ではいかにもありそうな話に出来ている。この性秘儀が描述される前段にラングトンの長舌のセックス講義が入っていて、読者に向かってセックスの神秘と尊厳が雄弁に説得され、古代人の素朴な性観念の普遍的意義が強調されているため、読者はこのシオン修道会の性秘儀場面の描写に偏見を持たず(面白可笑しく)接することができる。そういう仕組みになっている。

b0018539_1542322.jpg通常ならグロテスクに感じられるところを、ハーバード大学宗教象徴学教授の権威による熱弁で啓蒙されるために、読者はシオン修道会の呪術的な性崇拝儀式を神聖なものとして受容するのだ。それはともかく、興味深いのはこの「聖婚」という概念で、この問題は、前回述べた「グノーシス獲得としてのセックス」という観念とも深く関わり、読者はこれを簡単に見逃すことができない。なぜなら現代人はセックスの意義について解脱を求める求道者であるからだ。性に精神と肉体の救済を求める信仰者となった現代人にとって、聖婚の概念と歴史的実体はひたすら興味深く意義深いもののように見える。聖婚とは王が神と契ることだ。神の霊を感染した聖娼と王が契ることで、王は神の霊エネルギーを身体に帯び、地上における神の代理者として地上を統治する。

b0018539_15404696.jpg天空の支配者である神と地上の支配者である王は、聖娼の身体を媒介して繋がり、王は神霊能力を分与される。聖婚によって即位が根拠づけられる。古代メソポタミアではジグラッドの上の神殿で聖婚の儀式がとり行われた。『ダ・ヴィンチ・コード』では古代エジプトの聖婚儀礼が紹介されている。が、実はこの宗教儀式は古代日本にもある。新天皇の即位式である大嘗祭の御衾秘儀がまさにそうで、天皇は正殿にその夜降臨した天照大神と初穂と共食し、御衾の中で共寝して合体する。この共食共寝の秘儀を通じて天皇は皇祖神の正統な継承者となり、大地に豊穣をもたらす穀霊エネルギーを授受される。共寝合体の真相については諸説あるようだが、伊勢神宮の斎女(いつきめ)が聖娼として新天皇と天照大神を中立ちしたという説(折口信夫?)が説得的だ。

b0018539_1812404.jpgこの大嘗祭の御衾秘儀の知識(情報)をどこで得たのか、よく思い出せない。梅原猛の本だったような気もするし、そうでなかったような気もする。最初に読んだときは衝撃だった。記憶にあるのは、御衾秘儀を含めた大嘗祭の一連の夜の儀式が、全て真っ暗な闇の中でとり行われるということだけ。立会人や証人などは誰もいない。今回、検索エンジンを回して確認を試みたが不首尾に終わった。『ダ・ヴィンチ・コード』の聖婚秘儀の説明を読みながら、古代人の性観念が全世界で共通であった事実を考えさせられた。この歴史的事実はグノーシス獲得としてのセックスの思想を補強する。思い出したのはもう一つあって、それは面白い話ではないので紹介を憚られるが、例の統一教会の集団婚とそれに先行する邪悪で不快な性秘儀の話である。噂では教祖と女性信者が、教祖の妻と男性信者が交接合体して神霊授受を果たすらしい。

桜田淳子の顔と、そして女性週刊誌に書かれていた教会への入信動機を思い出してしまった。
 
[PR]
by thessalonike | 2004-09-20 23:30 | 『ダ・ヴィンチ・コード』 (7)   INDEX  
<< 『ダ・ヴィンチ・コード』 (2... Indexに戻る 『ダ・ヴィンチ・コード』 (5... >>