韓国映画『シルミド』(5) - 俳優たちの演技について
『シルミド』のキャストの演技について論じたいが、評価は少し難しい部分がある。まず、主役を演じたソル・ギョングの来日試写会時の記者会見でのコメントから見てみよう。

b0018539_11575268.jpg韓国人というのは、南北間のイデオロギーについて敏感ですし、自信を持っています。韓国人であるならば、たとえ若くても南北のことに関して関心を持っています。その当時の時代的な状況、軍事独裁政権だったんですが、その当時の人ならば共感できることでしょうが、私がその当時に置かれていたら共感できなかったと思います。映画の中では、だいぶ表現を自制されていました。私としては共感できなかったと思います。劇中の生活は、十分に描かれていないですが地獄とかわらなかったでしょう。実際に事件のあったシルミ島で撮影しているなかでも、どんな思いでこの島にいたのだろうか?3年以上もの間、非常に残酷な状況の中で閉じ込められていて想像も出来ないような体験をしたのだと思います。




b0018539_14372349.jpg通訳の問題もあり、またこの場でメモを取った(あるいは録音テープをおこした)者の問題もあるかも知れないが、少し意味がわかりにくい。ソル・ギョングが言っている「南北間のイデオロギー(の問題)について自信を持っている」とはどういう意味だろう。それから「私がその当時に置かれていたら共感できなかったと思います」というのは、何に対して共感できなかったと言っているのだろう。私自身の俳優ソル・ギョングに対する印象は悪くない。だが、映画『シルミド』の演技は誰が見ても秀逸なものとは言えないだろう。韓国映画は脚本のドラマ性と俳優の演技力でもっている。それが韓国映画の本分のはずなのだが、『シルミド』においてはその常套句の賛辞を言うことができない。

b0018539_144227.jpgソル・ギョング本人が証言しているとおり、演技表現が抑制されすぎている。無感情な殺人兵器としての訓練兵という存在と、観客に共感を訴求する人間ドラマの主人公の間で宙ぶらりんになっている。バランスが取れていないのであり、頭の中に確固たる役のイメージができていないのだ。これは演技したソル・ギョングのせいではないだろう。作品そのものが、主役である訓練兵第3班長カン・インチャンのイメージをよく固めきれていないのであり、特殊部隊訓練兵という殺人ロボットの人間性と、母と自分を捨てて北へ逃げた父親を憎む屈折した内面を持った若者の人間像の二つを、バランスして表現する脚本に仕上がってないのだ。監督のカン・ウソクがソル・ギョングに対して、どうやら相当に表現を自制した演技を要求したフシがある。ソル・ギョングはその監督の演技指導に十分納得していなかったのではないか。

b0018539_12161738.jpgその証拠というわけではないが、来日試写会の記者会見の写真を見ると、一緒に日本に来た他の二人の俳優たちがニコニコと楽しそうに笑って日本のプレスのカメラに応じているのに対して、主役のソル・ギョングだけが表情が固く強張っていて笑っていない。何となく沈んだ印象さえ受ける。どの写真を見てもそうだ。本人の個性なのかも知れないし、緊張していたのかも知れない。が、そうでもないものも多少は感じる。他の二人の俳優、部隊長チェ准尉役のアン・ソンギの演技は実によかった。彼の持てる実力を十分に発揮して見せている。もう一人のチョ2曹(中士)役のホ・ジュノの演技も印象的で非常によかった。チョ2曹については作品の中で明確なキャラクターが与えられていて、見る者に分かりやすく、ホ・ジュノも演じやすかっただろう。記者会見で最も楽しそうにしているのがホ・ジュノで、自分の演技の出来に満足した様子が窺われる。

演技表現を自制させられたと語っているソル・ギョングだが、監督のカン・ウソクは、同じ記者会見の席で全く反対のことを言っている。曰く、

b0018539_12292187.jpg俳優3名には、あるがままの姿で、演技をしないで欲しい。役を作ろうとしないで、自分が感じたままを表現して欲しい。こちらが動くから、カメラを意識しないで欲しいと言いました。実際の状況を撮るかのようにしました。訓練兵は訓練兵のように、指導官は指導官のように、事件があったままに、かっこをつけた演出をつけなかったことで、観客と正面きって向き合ったのです。観客はこの映画を見てニュースを見るかのように歴史の本を読むかのように感じて涙してくれたのではないでしょうか。

「あるがままの姿で演技をしないで欲しい、自分が感じたままを表現して欲しい」と言ったと言っている。この監督はずるい。撮影現場で演技指導をしていないのであり、キャラクターのイメージを俳優に説得しておらず、さらに俳優独自による解釈も禁止しているのだ。だから映画の中のソル・ギョングがぎこちなく自信なさげで、したがって演技がプアでプリミティブに見えるのである。演技をさせてもらえていない。この映画の中で自由に伸び伸びと演技をさせてもらっているのは、事実上の主役であるチェ准尉役で出ている(ベテラン俳優で国民的人気もある)アン・ソンギだけなのだ。アン・ソンギの演技は自然で巧く見え、韓国映画らしい俳優のスキルの高さを証明している。そして対照的にソル・ギョングの演技は没個性的で不恰好に見える。韓国映画俳優らしい演技力を見せきれていない。懼くは、そのことにソル・ギョングは不満なのだ。私にはそのように見える。
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実話と創作の間の中途半端さ
リアリティと緊張感の欠如  
日本語字幕における粗雑と放漫
事実の歪曲、歴史の捏造

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by thessalonike | 2004-10-23 23:32 | 『シルミド』 (5)   INDEX  
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