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イタリア映画『特別な一日』(2) - 二十年後のファシズム 
b0018539_18131543.jpg私はこの映画をこれまで二十年間に五回も見ているのけれど、それほど多く見たような実感がない。私はあと五年か十年の間にもう一度この映画を見たくなって、録画媒体を再生するに違いない。冒頭のモノクロの記録映画の部分だけを見ても十分面白いし、また作品がコンパクトでエレガントであり、大作を鑑賞する気分的負担を感じる必要がない。ところが映画を批評するべくキーボードに手を置いた途端、実は何も言葉が出て来なくなって戸惑った。素晴らしいと絶賛する以外に何も出ないのだ。批評というものはそういうものだろう。対象と自分との間の距離が測れて初めて批評が批評として可能になる。例えば、私は『ラストサムライ』や『キルビル』のような映画は、あるいはビートたけしの映画はどれほど話題になっても見ようとは思わないし、批評しようとも思わない。対象外だ。最初から私との間に距離がありすぎる。



b0018539_1826105.jpg無意味、無価値、つまらない、くだらない、と貶損の言葉を連ね反復するだけの文章になってしまう。つまり要するに私と『特別な一日』との間には距離が無さすぎるのだ。これは私自身(の文化的真善美)なのであり、私にとって映画の最高の理念型が『特別な一日』なのである。この映画が理想的な基準なのであり、他の映画を評価するときのメジャーメントなのだ。すなわち対象ではなく方法に属する存在なのであり、だから批評ができないのである。『特別な一日』の評を思い立ったことは、物差しをもって物差しを測ろうとする愚であった。だから、今回ここで述べられることは、前回見たときとの自分の中での感じ方の違いであり、自分自身の変化についての思いである。マルチェロ・マストロヤンニのガブリエレは誰もが感情移入できるキャラクターだが、今回は彼を他人のようには思えなかった。

b0018539_18134633.jpgそれは年齢の問題もあるが、もう一つは社会的な問題と言うか、ファシズムの環境の中で異端者として排除され追放され隔離される存在という意味においてである。あのようになるのではないか。気がついたら治安維持法的なものが制定され、反日思想犯予備軍として思想警察の監視下に置かれているのではないか。斉藤貴男の本などを読んでいると、そういう環境が基礎的(システム的)には出来上がっていて、後は明文で立法化されるだけの段階であることがよく分かる。国会で反対勢力が消滅すれば治安維持法は復活する。十年前は極右だけが使用していた政治タームの「反日」という言葉がすっかり市民権を持ち始めている。昔の「アカ」の代わりに「サヨク」という蔑称が定着した。左翼的な立場の者ですらネットの中で嬉しそうに「サヨク」の語を使って喜んでいる。「サヨク」も「反日」も売国奴であり反逆者であり、権力を握った右翼が国家暴力で処分撲滅すべき屑である。

b0018539_18135981.jpgこんな時代になるとは思わなかった。『特別な一日』をキネカ大森で見た二十年前、その頃は「反日」も「サヨク」もなく、中年男のガブリエレはイタリア映画の物語の中の存在だった。だが、映画撮影後にスコラ監督はインタビューの中でこう語っている。それはイタリア社会に実在するファシズムの思想的残滓の指摘であり、その復活を危惧する言葉だった。

この映画で私が描こうとしたことを感じ、これがまさに現代にも適用しうる物語であることを理解してくれればと願ってます。つまり33年前にレジスタンスによって壊滅したはずのファシズムが、自由な考え方をしている人の心の中にさえ、いまだ残っており、それは日常的に巧みな形で心の底に住み着いているのです。(中略)私がここではっきりと描きたかったことは、制度あるいは大衆の意思表示としてのファシズムは消え去ったとしても、個々人の意思としては未だファシズムが残り続けているということです。 

(「エットーレ・スコラ監督に聞く」  CINE VIVANT No.6  P.13)

b0018539_18141648.jpg当時のイタリアは政権交代こそなかったものの、キリスト教民主同盟とイタリア共産党が勢力を二分する状況で、すなわち欧州先進諸国の中でも最も左派勢力が強い国であり、このスコラ監督の警句は、私の二十年前の感性では意外に感じられたものだった。そのイタリアで、ソ連崩壊後に瞬時のうちに極右政党(フォルッツァ・イタリア)が躍進台頭し、かつてのキリスト教民主同盟とイタリア共産党の二大政党体制は、あっと言う間に右翼同盟とオリーブの木との二大政党制へと転化してしまった。フォルツァ・イタリアの政治理念はムッソリーニのファシスト党と大差ないように見える。民主主義の選挙を通じてイタリアでファシズムが復活するのは、外国人である私からすればおよそ奇想天外で理解不能な事態だが、きっと同じ驚愕の思いで、欧州やアジア諸国の人々は、日本国憲法の下での自衛隊のイラク派兵や小泉首相の靖国神社参拝を見ているのだろう。
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by thessalonike | 2004-11-10 22:47 | 『特別な一日』 (2)   INDEX  
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